キスの後先 後篇


四、

 元の突拍子もないリアクションに、その場の雰囲気は、固まりついた。

 あかねが凍りつく。元の急襲に、心なしか少し顔を赤らめているように見えた。
 そして、傍らにいた神前の時も凍りついた。
 いや、一番凍りついたのは、らんまであろう。
 
 ピシッと頭の中も、凍りついた…そう、真っ白に。

 ヒューッと、突風が通り過ぎたとたん、らんまの氷が一気に解凍された。

「て、てめぇっ、なっ、何しやがる――っ。」

 らんまは、つい、自分が女に変身している現状を忘れて、男言葉を元に向かって投げつけていた。
 当然といえば当然過ぎるらんまの反応だった。
 ふいを突かれたといえ、男の唇が己の額に触れたのだ。只でさえ気持ちが悪いのに、このふざけた迷彩服野郎はその唇をすぐさま翻して、大切な許婚、あかねの柔らかな頬にまで押しつけていたのだ。キレない方がおかしかった。
 
 らんまの正体とあかねとのいきさつをはからずしも知ってしまった神前は、
「ちょ、ちょっと、元ちゃんっ!!」
 と慌てて彼を嗜めた。眼鏡の奥の円らな瞳は、ただの点になって瞬いていた。
「いやあ、これ、ほんのご挨拶ですわ。関西風の。大阪では、初対面の人に、軽くキスをして、敬意を表するんですよ。」
 元はそう言って、かかかっと笑った。
 
「う、嘘つけーっ!!関西だろうが、大阪だろうが、んーなこたあしねえだろがっ。」

 らんまの口調は激しくうわっずっていた。

「冗談やがな、冗談。何ムキになってんねん。この美男子のキスが気に食わへんかったんか?」
 元はしゃあしゃあと言ってのけた。
「だ、誰が美男子だーっ。き、気色わりぃーっ。第一、お、俺はなあ、男にキスされる言われなんてねえんだよっ。」
 らんまの怒りは逆流する様相を見せ始めていた。
「ちょっと、乱子ちゃん。落ち着いてっ。」
 素の男に戻ってしまっているらんまの口調に、「ヤバイっ。」と思った神前は、取り押さえの体制に入った。
「デコより、唇の方がよかったんかいな。なら、そう言ったらええやんかっ。なんなら、その可愛い唇にやりなおしたろか?」
 元の調子も一向に衰えなかった。
「いらねえよ、んなモン。てめえみたいな男とキスなんてしたかねえんだよっ、俺はっ。」

 周りの団員達は半ば好奇心の塊になって、元とらんまのやり取りに耳や目をそばだてていた。

…ホントに、ヤバイよ、らんま君…
 神前は気が気でない。らんまはもはや、男に戻ってしまっている。神前は傍でオロオロし始めた。

 神前のオロオロが、頂点に達しようとしたとき、突然、らんまと元の間に割って入り込んだ奴がいた。
 それは、元の後ろに、蒼々しく立っていた玲子、そう、白峰玲子だった。

「ねえ、あなた、男にキスされるのがそんなにいやなの?」
 玲子は、らんまの左肩に右手を当てると、いきなりそんな事を訊いてきた。
「ええ、あの…。」
 玲子の問いかけの意図がはっきりつかめなかったらんまは答えに躊躇した。自分の正体が男だなんて、この場では言い出せない事を思い出したのだった。だから、それ以上何も言えずに口をもごもごさせたのだった。
「男の唇じゃあなくって、女ならどう?」
 息が掛かりそうなくらい、玲子の顔が近づいてきた。
「あの、そ、その…。」
 ドギマギしながら、らんまがやっとそう言った矢先、今度は玲子の柔らかい唇が、らんまの左頬に触れたのだった。

…へっ!?
 
 再びらんまが凍りつく。

 ピシッ、ギシッ、

 らんまの身体は硬直した。もちろん、あかねや神前、元をはじめ、その場で様子をうかがっていたA響の人々も硬直ち、息を飲んだ。
 らんまの時は一瞬にして、白んだ。心臓がバクン、ドクンと大きく波打ち始めた。
 女のなりをしているとはいえ、中身は多感な高校生男児である。雰囲気のある大人の女性にキスされたのだ。 
 平気冷静を装えるはずが無かった。
「ウブなのね。乱子ちゃんって。なかなか得体が知れない、ミステリアスな味がしたわよ。」
 離れ際に玲子はそう、らんまの耳元で囁いた。

…えっ?

 らんまはその言葉にギクッとした。
…こ、こいつ、確か霊感が強いってさっき言ってたな。まさか、おれの正体に気付いたんじゃあ…
 らんまは冷や汗が背中に流れるのを感じた。

 玲子はあてずっぽうで言った訳ではなかった。
「乱子」に何か秘密めいたものがあることを、肌で感じ取っていたのである。もちろん、「乱子」の正体が「乱馬」という男の子であるという事までは気がつかなかったのだが…。
 それ以上追求する気もなかったので、玲子はそのままらんまの傍を何事も無かったように、そそくさと通り抜けていったのだった。
 
 元の暴走はともかく、白峰とらんまの女同志のキスという、何やら怪しげなものを目の当たりにさせられた面々達は、しばらく、動き出すことも喋り出すこともかなわなかった。オーケストラの楽器の音さえも暫らくは静まり返ってしまったのだった。
 さすがの関西人、高野元も、玲子のリアクションに、どう切り返していいのかわからず、目と口をパックリ開けたまま立ち尽くしていた。
 神前とあかねも、放心状態で突っ立っていた。

 日向だけは、「ザマアミロ。」とでも言わんばかりに、小バカにした目つきで、らんまの方を静観していたのだった。
 暫らく、一連の出来事を静観した後、日向は練習の開始時刻をコンコンとタクトで譜面台を叩いて団員たちにうながした。
 そう、後半の練習が始まったのだった。

 らんまはキス三連発(一つはあかねのものだったが)のショックから、なかなか立ち直れないでいた。
 日向の華麗な棒さばきも、オケの波打つような躍動も何も目に入らなかったし、弦や管、打楽器の響きも何一つ耳に入ってはこなかった。
 ただ、真っ白な状態のまま、練習の間中、固いパイプ椅子に腰掛けてじっとしているだけだった。
 だから、次に気がついたときは、練習がすでに終了していたという有様だった。




五、


「乱子ちゃん、ほらっ、乱子ちゃんてばっ。」
 神前の呼び声にやっとらんまは自分を取り戻したのだった。
 辺りを見回すと、団員達は、片付けモードに入っていて、一斉に帰り支度を始めていた。
「あ、あれっ?練習は…。」
「もうとっくに終わっちゃっよ。やっぱり、聞いてなかったな、僕の言ったこと。」
 拍子外れのらんまの問いに、神前は困惑気味に答えた。
「聞いてなかったって、何が?」
「もうっ、しっかりしなさいよ。明日のレッスンのことよ。」
 呆れ果てたのか、不機嫌にあかねが答えた。
「しょうがないなあ、もう一回言うよ。僕、明日、用事が出来て、朝からちょうど練馬方面に出向くんです。だから、お昼頃、天道道場に伺って、今日の続きを見ようかなって。」
「はあ、なるほど。」
「出張レッスンだよ。それで、僕だけだと、なかなか進まないから、明日は山本君に助っ人を頼みましたから、そのつもりでいてくださいね。」
「山本くんって?」
 いぶかしがるらんまに、
「あの、僕です。」
 と、いけ好かない「やさ男」が傍らで答えた。
 すると、
「あーっ、ずっこいぞっ。山本ぁっ。」
 背後からいきなり、迷彩服男の大声が響いてきた。
「一人だけ、天道道場に行って、いい思いするつもりなんかー?」
「別に、遊びに行く訳じゃあないんだよ、元ちゃん。」
 神前が答えた。 
「ねえ、神前さん、俺も行きます。」
へっ?」
「俺かって、少しでも上手くなりたいもん。神前さんの個人レッスンが、お嬢さんたちと受けられるなんて、願ってもないことやんっ。幸い、俺んちも練馬やしさあ。うんうん、決まりやな。」
…何勝手に、決め込んでんだよー。
 らんまは元の言葉を聞いて、顔をしかめた。
「じゃあ、僕も行ってもいいかな?天道道場。」
 そこに、ひょいっと首を突っ込んできたのは、チェロの坂手だった。
「いいんとちゃいます?」
 と元。
「おいおい、だめだよ、勝手に決めちゃあ。山本君はともかく、元ちゃんや坂手君まで押しかけたら…。」
 神前の危惧は至って常識的だった。
「高野さんも坂手さんも、良かったらどうぞっ。先輩が一緒に居てくださったら、私達も励みになるし、坂手さんはうちのお父さんたちにチェロの手ほどきをして下さったら、みんな喜ぶと思いますよ。」
 彼らのやり取りを聞いていたあかねが、そう進言した。
「でも、大人数で押し掛けたら、ご迷惑になるんじゃあ…。」
 神前が決めかねてまごついていると、
「家なら平気ですよ。人の出入はもともと多いですし、慣れてます。それに、訳のわかんない居候たちもたくさん住みついていますから。」
 あかねはこれ見よがしに、らんまをチラッと振り返った。

…訳わかんないって、何だよっ!

 らんまはあかねの言葉にむっとなった。が、言葉には出さなかった。
 
「よろしかったら、お昼ご飯も一緒にどうぞ。かすみお姉ちゃんに言っておきますから。お姉ちゃん、人にご馳走を振舞うのが大好きだから、喜びます。」
「で、でも…。」
 躊躇する神前とは正反対に
「ラッキー、ねえ、神前さん、ここはご好意に甘えまひょっ。」
 と、底抜けに明るい元。
 うんうん、と坂手まで首を縦に振っていた。
「厳禁だなあ、君達は…。」 
 結局、神前、山本、高野、そして坂手の四人が天道家に押し掛ける事になってしまった。
 
 そんな、やり取りを、不快に思っていた奴は、約二名。
 一人は、もちろんらんま。神前はいいとして、物腰の柔らかい山本、妙に馴れ馴れしい元と坂手。この三人が大手を振ってあかねの領域に踏み込んでくる不愉快さ。おまけに、彼らは「乱子の正体」を知らなかったから、女で居なければならないという煩わしさ。らんまはイヤでイヤでたまらなかった。
 そして、もう一人は…そう、日向だった。
 日向は山本や元、坂手が神前の傍らにいようがいまいが、そんなことはどうでも良かったのだが、天道家と暁の団員たちが絡むのに、何となく厭な予感を覚えていたようだ。
 そう、いけ好かない乱子やなびきがいる天道家。

 無論、その場にいた誰一人、日向の憂鬱に気付いた者はいなかった。
 神前でさえも、日向がそんな不快の目をこちらに向けているなどということを感じ取れなかった。
 そう、日向は少し離れた場所から達観を装いながら聞き耳を立てていたのだった。




六、
 
 暁町からの帰り道。
 あかねは、ずーっと不機嫌だった。押し黙ったまま、らんまと一言も口をきこうともしない。
 あかねが何を考えているのか、らんまには容易に見当がついた。
 やっぱり、元と白峰に不用意にもキスをされてしまった事を、根に持っているのだろう。
 暁町駅までの夜道も、電車に乗ってしまってからも、ずっとあかねは口を閉ざしていた。
 何か、いい訳めいた一言をかけて、彼女の怒りをとこうと思えばとけたのだろうが、らんまも自分から折れたくはなかったのだった。
…不意打ちのキッスなら、お互い様じゃあねえかっ。
 心の中で、らんまはそう、ぼやいていた。
 自分ばかりでなく、あかねの奴も、きっちり、迷彩服男、元から、キスをもらっていたからだ。らんまとて、気に入らない事は同じだった。
 何故か、黙りこくっているうちに、らんまも、腹立たしくなってきたのだった。
 電車の揺られながら、背中併せに、ずっと黙りこくっていたらんまとあかねだった。

 なびきも、二人の沈黙には傍観者を決め込んでいた。
 夜道では、二人の後を、少し離れて歩いていたし、電車にはわざわざ違う車輌に乗り込むという、傍観の仕方だった。
「さわらぬ神に、祟り無し。」「一円にもならないことには首を突っ込まない。」
 それが、なびきの信条だった。
 電車を降りてからも、ずっと黙っている二人を見て、なびきは、半ば諦め気味に溜息をついた。

 駅の改札を出て階段を降りると、風がさーっとこのちぐはぐな一行の傍を吹きぬけて行った。
 春とはいえ、まだまだ夜風は冷たく、咲き始めたさくらの花びらをゆらゆらと揺すっていた。
 らんまはそんなあかねを見て、黙って、道端にあった自販機の前に歩み出した。
「ありがとー、らんまクン。あたし、ホットでいいわ。」
 今の今まで他人を装っていたなびきが声をかけた。
「おいっ、まだ、おごるなんて言ってんねえぞっ!」
 ぶつくさ言いながらも、らんまは小銭を投函して、続けざまに三本、暖かい飲み物を買った。 そして、ホイッとなびきとあかねに缶を手渡した。
「ありがとっ。」
 ホットの缶を受け取ると、さっそくなびきはプシュっと缶を開けた。そして、中を少しずつ飲み始めた。
 あかねは、らんまから困惑気味に缶を受けとっても、そのまま黙ってじっとしていた。らんまも熱いくらいの缶を持ちながら、黙って地面を見てうつむいてしまっていた。
 …ホントに、不器用なんだから…。二人とも。
 ゆっくり缶をすすりながら、なびきは流し目でらんまとあかねを見やった。

 そこへ、暗闇の中をひたひた走り来る人影が一つあった。
「やっとー、やっとー、やっとーやっとーっ…。」
 らんまにもあかねにも聞きなれた声だった。
 イヤな予感がして、らんまが声のほうを振りかえると、
「おおっ、そこへ行くのは、天道あかねっ。こんな夜更けに何をしておられるのかな?」
 声の主は九能だった。
…ちぇっ、ヤな奴に会っちまったな。
 らんまが九能を確認したとたん、
「そこにいるのは、おさげの女あっ。会いたかった、会いたかったぞーっ。」
 いきなり、九能が抱きついて来た。
「ひえ―ッ!九能、てめえっ、抱きつくなーっ。は、離れろーっ。」
 九能の腕の中で、必死にらんまはもがいていた。只でさえ、存在がうっとうしい九能に抱きつかれるほど迷惑なことはなかった。
「あら、九能ちゃんっ。」
 脇からなびきが顔を覗かせた。
「ちょうどよかったわっ。相談したい事があったのよっ。ちょっと付き合ってちょうだいっ。」
 今度は、なびきがいきなり九能の耳を思いっきり、引っ張った。
「天道なびきっ。何をするーっ、い、痛いではないかーっ。」
 らんまの身体から手を離し九能は、なびきに引っ張っていかれた。
「立ち話もなんだから、お茶の一つもおごてよねっ。」
「なんで、僕がおまえにおごらにゃならんのだ?」 
「いいから、いいから。」
 こうなるとなびきは強引だった。力も案外強かった。さすがに天道家の次女といったところだろうか。九能は抵抗できずに、なびきに引きずられて行ったのだった。
 なびきはらんまとあかねに気を利かしたつもりだったのだ。

 夜道にポツンと取り残されてしまったらんまとあかねは、その場にじっと立ち尽くしているままだった。
 ビュー―ッ。
 春とはいえ、夜風が勢いよく、二人の間を通り抜けた。
 ブラウス一枚きりの薄着をしてきていたあかねは、思わず、通り抜けた風に身をすくめた。
 らんまは着ていたチャイナ服の上着を脱いで、あかねの肩にふわっと掛けた。
「それ着てろっ。ちょっとはあったけーだろ?」
 無愛想にらんまはそう言った。
 「ちょっと、そんなコトしたら、あんた、ランニング一枚になるわよっ。それに女のままそんな格好してたら、不味いんじゃあ…。」
 あわてて、あかねが肩から上着を外そうとすると、
「へっ、ばーかっ。こうすりゃあいいんだよっと。」
 そう言って、らんまは持っていた缶を開けて、頭からホットドリンクを注いだ。そう、湯気とともに男に戻ったのだ。
「男に戻ったって、そんな格好じゃあ、あんたが風邪ひいちゃうわよ…。」
 あかねが、制すると、
「へんっ、おめえとは鍛え方が違うんだよっ。このくらいの薄着、へっちゃらだぜっ。おめえの方こそ、性質の悪ィ風邪、ぶり返すなよなっ。」
「何よ、強がり言っちゃって。」
 二人は、夜道を歩き始めた。
「…たくっ、ホントに可愛くねえなあ、。ありがとうの一言くらい言えねえのか、おまえはっ。それに、いい加減、機嫌なおせよっ。仏頂面しやがってっ。」
「別に、機嫌、損ねてなんかいないわよ。」 
「どーせ、キッスの事怒ってんだろ?ヤキモチ焼くのもいい加減にしろよな。」
「ヤキモチなんか焼いてないわよ。」
「じゃあ、何ふくれてんだよ。」
「あんたがあまりに見境ないから呆れてただけよ。変態っ。」
「あんだとーっ」
「男にも女にもキスされちゃってさあ、ヘラヘラしてたくせに。」
「言っとくけどなあっ、俺は自分から望んでキスした訳じゃあねえぞ。」
「へえ、そうかしら。」
「そうだっ。したんじゃねえ、されちまったんだっ。」
「でも、思いっきり鼻の下伸ばしてたくせにっ。」
「伸ばしてねえっ。」
「うそっ、」
「じゃあ、俺の方からも言わせてもらうけどなあ、おめえだって、あの迷彩服野郎にキスされて、ぼーっとしてたじゃあねえかっ。」
「卑怯者っ!自分の事棚に上げてっ。」
「ホントに可愛くねえなあっ。おまえはっ。」
「何よっ。」
 二人の足は、喧嘩のエキサイトとともに、早くなっていった。
 こんな調子で言い合っているうちに、天道道場の門が見えてきた。
「とにかくっ。」
 足を止めて、乱馬はあかねに向き直った。
「よそ見すんなよっ。おめえは、まっすぐ見てればいいんだよっ。それに、俺は…。俺は、誰のキスも望んじゃあいねえんだっ。一人を除いてはなっ。覚えとけよっ。」
 乱馬はそう言いきると、足早に、天道家の門を潜り抜けて行った。

 ……。

 乱馬の言葉の迫力と、その真意をはかりかねて、あかねはそのまま門の前で、暫らく、立ち尽くしていた。

「ほら、こんなところに突っ立ってたら、風邪ぶり返すわよ、あかねっ。」
 ふと背後から、なびきの声がした。
「おねえちゃん、九能先輩は?」
「へへっ、九能ちゃんには逃げられちゃったのよ。」
「……。」
「それにしても、あんた達、ほんとに、素直じゃないのね。乱馬くんも、もっと、ピシって、本心を言っちゃえばいいのにね。」
「本心って?」
「あんた、鈍感ねっ。よそ見すんなってことは、他の男に惑わされるなって言う事でしょうがっ。まっすぐ見てろって、まっすぐ、つまり、俺だけを見てろってこと。」 
「そんな事…。」
「そうよ、さっきはっきり言ってたでしょ、乱馬くん。誰のキスも望んじゃいないって。一人を除いてって。それって、あかねのことなのよ。」
「まさか。」
「ひょっとして、あんた、あの晩のこと、覚えてないの?」
「あの晩って?」
「熱でうかされていた晩の事よ。乱馬くん、あんたにキスしたんだけどな…。」
「はあっ?何よ、それっ?」
 あかねの顔が真っ赤に染まった。ひょっとして、「夢」と思っていたことが、「現実」だったのかという、あかねの焦りだった。
「まっ、覚えてないんなら、それはそれでいいのかもね。乱馬くんの言葉の解釈、教えてあげたんだから、はいっ、情報料ね。」
 そう言って、なびきは右手を出した。
「何よ、おねえちゃん、その手は…。」
「ただ聞きは良くないわよ。」
「誰も頼んでなんかいないわよっ。」
「なんならこの写真つけてあげてもいいわよ。」
 なびきは、証拠写真とも言うべき、決定的瞬間の写真を取り出した。あの晩の、ワンシーン。
「みんなにばら撒いちゃおうかなー?」
「わかったわよ、はいっ。」
 あかねは千円札を出した。
「毎度あり。良く撮れてるでしょ、それ。じゃあねっ。」
 なびきは門を入って行った。

 後に残されたのは、あかねと写真。
 そう、熱で浮かされているあかねの手をそっと握っている乱馬の写真だった。

…やっぱり、夢じゃ、なかったのかな。でも、おねえちゃんって、何時のまにこんな写真…。乱馬も気付いてないわよね、きっと…。…でも…ちょっと嬉しい…。

 そう思うと、身体が急に熱くなっていくのを感じるあかねだった。

「早く、家に入れよっ!また風邪、ぶり返すぜっ!」
 業を煮やした乱馬の声が玄関から響いてきた。
「はあいっ。」
 あかねは写真を鞄にしまい込むと。あたふたと玄関へ駆け出して行った。




 完








高野元…実は、初めて作ったオリジナルキャラ。
南極堂さんと、彼の性格とか話への絡み方とか、お茶のみがてらに練り込んだキャラです。
故に、思い入れも強いかも…。
だからこそ、いつかは完結させたいと思っているのでありまして…。
リレー作品は次の稿の導入部で終わっています。らんまサイドではないので、さすがに公開はしませんが、「あかね風邪をひく」を受けて、「守村君風邪をひく」というとんでもないネタが暴走した作品もありました。
この1998年から99年にかけての、メールのやりとりをきっかけに、私の妄想を形にするという二次創作魂ができあがってしまった訳で…。そして、2000年2月に「らんま一期一会」という「呪泉洞」の前進サイト開設へと繋がって行きました。

この後は、機会があれば、今の文章で新たにつづっていきたいと思っています。
学校バトル、合宿、そして、本番…と、ざっとしたプロットと幾許かの書きなぐりノートがアナログで存在しているので、それをもとに、いつかは、完結させたいと思っています。

ちなみに、現存している次に来る話の最終稿はこれです(笑…メールままです。従って未編集です。


 
 






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