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眠り姫にご用心
   第一夜(



 時計は午前0時を指していた。しーんと静まり返った暗い廊下。

 すっと滑るように動く影。階段の手前で一旦止まり、慎重に一段一段降りだす。足元の不確かさからというより、音を立てたくないという足取り。階段を下りたところで、ホッとしたような吐息。そのまま一階の廊下へ踏み出そうとした時・・・

「ら〜〜ん〜〜ま〜〜く〜〜ん〜〜」
「い゛・・・ひい゛〜〜〜っっ!」
 出会い頭の妖怪変化。さしもの乱馬・・・自室のある二階から降りてきたところ・・・も飛び上がった。


「しぃ〜〜〜っ」
「お、お義父さん・・・」
「こんな時間に何をやってるのかね〜」
「いや、その・・・」
 許婚になって五年、やっと乱馬とあかねが晴れて夫婦になったのはつい一月前。

「ちょ、ちょっと喉が渇いたんで。」
「なら、その手に持ってる枕は何かね?」
「あ、は、こ、こんなものがいつの間に・・・寝ぼけてたかな。」
 苦し紛れの言訳をしてその場を切り抜けようとする乱馬。だが早雲は追及の手を緩めなかった。
「ま〜さ〜かこんなことになっていようとは・・・信じたくはなかったが。」
「ちょ、ちょっと待ってください。何か勘違いを・・・」
「乱馬くん、君は・・・君はもうあかねに飽きてしまったのかねえっ!?」
「はああっ!?」
 早雲に詰め寄られて乱馬は目をパチクリさせた。
「昨日も一昨日も・・・わしは知っておるのだよ、君がこっそり部屋を抜け出して一人で寝ているのを。夫婦たるもの、一つの部屋で寝起きするのが当然!それを君という男わ〜〜」
「お、俺だってあかねの側を離れて一人でなんか・・・何が悲しくてわざわざこうしてると思ってるんですか!」
 乱馬の口調に切実なものを感じ取った早雲は、つと興奮を鎮めた。
「ふむ、何か訳があるというのかね?」
「ありますとも・・・こうなったら口で説明するより、見てもらった方が早い。ちょっと部屋まで来てもらえますか?」
「よかろう」
 二人はそっと階段を上っていった。


 五分後・・・
「確かに君の言う通りだった。」
 場所を早雲の部屋に変え、義理の親子は困惑した顔を突き合わせていた。
「だから言ったでしょう・・・俺だってこんなことはしたくないんです。でもそうしないと身が持たないんですよ。」
「それはわかった。わしとてこの目で見た以上は・・・それにしても・・・」
「ある程度覚悟はしてたが・・・想像以上だった。」
 どちらからともなく出るため息。
「あの場にいたら掌底10発、蹴り20発、ネックブリーカーに踵落としは確実だ。」
「君と結婚すれば直ると思っていたのだが。」
「んな器用なやつじゃありませんよ。・・・直るどころか、日に日にパワーアップしてますよ、あかねの寝相は。」
 ちょっと恨めしげな顔になる乱馬。
「おまけに朝目を覚ましたら、な〜んも覚えてないとくる。応戦するわけにもいかないし、かと言って大人しく寝てたら・・・寝られたもんじゃない。」
「まあまあ・・・訳はわかった、うん。ともかく今夜はここで休むといい。」
「そうさせてください。・・・あかねが起き出す前には戻りますから。」
「世話をかけるね、乱馬くん。・・・あ、押し入れからもう一組布団を出すといい。」
「お義父さん、しばらくここで寝かせてもらえませんか?」
「それは構わんよ。だがいつまでも・・・は困る。あかねだってそのうち気づくだろうし・・・それにだね」
 早雲はコホンと咳払いをした。
「これではいつまで経っても孫の顔が見られないだろう。」
「あ、それはご心配な・・・わわ、もう休ませていただきますっ」
 真っ赤になってタオルケットを引っかぶる乱馬に、早雲はやれやれと苦笑しつつ電気を消した。



「いっけねえ、つい寝過ごしちまった!」
 目が覚めた時にはもう皆が起き出す時間。あわてて早雲の部屋から抜け出して洗面所に飛び込んだ乱馬は、出たところであかねと鉢合わせした。
「おはよう、今朝は早かったのね。」
「お、おう・・・」
 どうやら乱馬が先に起きだしたと思い込んでいる様子のあかねに、乱馬は内心ホッとした。もっともあかねの方はすっかり身支度を済ませた状態。
「今日は学校の方に行くから・・・あ、もう出なくちゃ。」
「ああ、後のことは大丈夫だから行ってこいよ。」
 ちょっと辺りの様子をうかがうと、乱馬はつとあかねを引き寄せた。

 のどかに見送られて玄関を出たあかねは、それまで浮かべていた笑顔をふっと翳らせた。
「やっぱり・・・そうなのかな。でなくちゃ朝からあんな・・・」
 ふう、とため息をつくとあかねは駅に向かって歩き出した。



「さて、昨夜の続きだが。」
 朝稽古が一段落したところで、乱馬と早雲は再び早雲の部屋で相談していた。あかねの寝相対策会議・・・さすがにあかねが家にいる時はやれない。まだ学生であるあかねが大学に行っている間に出来れば決着をつけたいところ。だが・・・

「その、何か手は打ってみたのかね?あかねはこのことをわかっているのかね?」
「遠まわしには一応・・・ただあかねとしても寝てるのには変わりないし、わかったところで自分ではどうしようもないだろうし。わざとやってないだけ性質が悪い。」
「ううむ・・・」
「それにあんまり言うとあいつの性格からして、気に病みかねない。逆にあっちから部屋を変えようと言い出すかも。」
「そ、それは困る・・・新婚一ヶ月にして家庭内別居だなんて〜〜」
「お義父さん、それは大袈裟な・・・」
 頭を抱える早雲を乱馬は苦笑しつつなだめる。嫁に出したとはいえ、娘たちに寄せる愛情はとんと変わらない早雲。
「とにかく、たとえこのまま寝相が直らなくても、俺はあかねを見限るようなことは絶対しませんから。」
「乱馬くん、ありがとう・・・その言葉、信じるからね。」
「でも俺はともかくとして・・・この先子供が生まれても、危なくて添い寝なんてさせられないなあ。」
「そ、それわ〜〜っっ」
 恐ろしい可能性に気づいた早雲は再びパニくった。
「こ、この問題が解決しないとおちおち孫の顔も見られないとわ〜〜っ!!」
「お義父さん、落ち着いて・・・」
「何たる悲劇〜〜、やっと君たち二人が結婚したというのに、くうううう〜〜」
 こりゃダメだと乱馬は肩をすくめた。


「あの分じゃしばらくお義父さんは使い物にならんな・・・」
 泣き妖怪と化した早雲を部屋に残して外に出た乱馬は、つと考え込んだ。問題は何も解決していない上、いずれ夜になる。早雲の部屋に避難していることがわかれば、さすがにあかねも怒るだろう・・・結婚してからこっち、大がつく喧嘩はまだやってない二人。そんなにベタベタいちゃいちゃしている訳ではないが、まだまだ新婚の夢は覚めて欲しくないところ。
「うーん、他に相談出来るのは・・・」
 玄馬は問題外。のどかは・・・あかねのために話すべきではないだろう。実の親娘と見紛うほど仲の良い二人ではあるし、真面目に相談には乗ってくれるのは確実だが、あかねがそれを知ったらやはり複雑に感じるはず。つまらないところで嫁姑仲をつつくような真似はしたくない。
 しばし考えた末、乱馬は外に出かけた。



「で、俺のところに来たってわけか。」
 良牙は腕を組んでどうしたものか、という顔。一通り事情を話した乱馬も腕を組む。その状況に冷たいお茶を持ってきたあかりが「大切なご相談なのですね」と気を利かせて席を外した。
 今良牙はあかりとの結婚を目前にして、豚相撲部屋に仮住まいしている。さすがにこの時期全国を放浪されてはかなわないというあかり側の意向。もっとも新居はここになるのだが。
「ああ・・・家族以外ではPちゃんが一番詳しそうだからな。」
 意地でも「お前」と言わない乱馬。夫婦の間のことを他人に言うなど、乱馬には不本意と言うも易い。全身から「面白くねえ」「誰が好き好んでお前に相談するか」という気が立ち昇る。その様子に思わずツッコミを入れたくなる良牙だが、思いとどまる。
 いくら変身していた姿とはいえ、何度もあかねと一緒に休んでいたというのはさすがにあかり・・・再来月に結婚を控えた婚約者には知られたくない。下手に乱馬を刺激して暴露されようものなら、待ったなしで世の中で一番不幸な男になることは確実。
「お前はともかく、あかねさんに関わることだ。出来るだけ力になってやる。」
「あんだ、お前はともかくって・・・」
「お前らの夫婦仲が悪くなってあかねさんが悲しむ姿は見たくないからな。・・・友人としてだぞ。」
 最後の念押しはいかにも真面目一辺倒の良牙らしい。あかりとの結婚を決めるにあたっての良牙の潔い態度にはさすがの乱馬も一目置いた。それはそれでこの好敵手であり悪友でもある二人の仲は相変わらず。

「寝相自体は簡単に直せないにしろ、何か解決の糸口になるようなことでもあれば・・・」
「そうは言っても俺だって逃げ回ったクチだしな。的が小さいからそれほど直撃は受けなかったが、本当に寝ているとは思えん動きだった。」
「全くだ。夜中にあれだけ動いてよく疲れが取れるもんだ。」
 仮にも人に嫁いだ女性の寝相について話し合うというのは端から見ればとんでもないが、当人たちはそのおかしさに気づいてない。それどころか大真面目な顔であーでもないこーでもないと意見を交わす。
「お酒か何かで熟睡させるというのはどうだ?」
「いや、却ってひどくなった・・・寝相に関しては酒乱だ。」
「ふむ、お酒は逆効果か。となると夜中に動くだけの体力を残さなければあるいは・・・」
「疲れさせてるつもりなんだけどな・・・」
「ほー」
「え゛・・・は、わっ、誤解すんじゃねえっっ!」
 真っ赤になって手と首をぶんぶん振る乱馬に、良牙はジト目になる。
「・・・な〜んか相談に乗ってるのがバカらしくなってきたな。」
「お、お前な・・・俺がどんな気持ちでお前にこんな話をしたと思ってんだ!」
 良牙に足元を見られたような気がした乱馬は、一旦怒気を抑える。
「・・・お前だってなあ、他人事だと思ったらとんでもないんだからな。」
「ふっ、残念だがあかりは・・・はわわわわっっ」
「ほおおおお〜〜」
 攻守ところを変え、乱馬のジト目目線が良牙に突き刺さる。
「おめー、用心しないと三人で結婚式だぞ。」
「ぬわぁんだとぅ〜〜、貴様言わせておけばあっ!」
 いい年して喧嘩っ早いのは変わらない二人。そこへ・・・
「あの、お茶のお代わりはいかがですか?」
 にこやかなあかりという水入りでひとまずその場は沈静化。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えていただきます。」
 お茶のお代わりを注ぐと、あかりは真面目な視線で二人を見比べた。
「難しいご相談なのでしょうか?何か私に出来ることがありましたら・・・」
 男二人はぶんぶんと首を振った。



「結局収穫無しか・・・」
 良牙との話は出稽古の時間が迫ってタイムアウト。その前にまともな相談になってなかったという話もある。
 天道家に戻った乱馬は早雲と他の道場に出かけ、そのまま夕方まで出先にいた。もちろん外出先で話の続きが出来るはずもない。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
 帰ってきた二人をのどかが出迎えた。あかねが学校で遅くなる日はのどかが家事を取り仕切る。早雲に続いて上がろうとする乱馬をのどかはさり気なく呼び止めた。
「乱馬、あかねさんのことだけど・・・何かあったの?」
「え?・・・あかねがどうかしたのか!?」
「何と言うのかしら・・・ここのところ思いつめているような感じがするの。あるいは学校のことかもしれないけれど、そうじゃないかもしれないし。」
「わかった、後で話してみる。」
「そうなさい。お前はもう名実共にあかねちゃんの伴侶なのよ。どんな問題であれ、支えてあげなくては。」
「ああ・・・ありがとう、おふくろ。」
「私はね、あかねさんを嫁ではなく娘だと思ってるの。悩んでいる姿を見るとこちらも辛くなるわ。・・・さ、お夕飯にしましょうか。」


 一日の日課を完了させ、乱馬が部屋・・・もちろんあかねとの部屋・・・に戻ると、敷かれた布団を前にしてパジャマ姿のあかねがぽつんと座っていた。それも正座。
「ん、どうした?・・・明日も早いし、先に寝てて構わないぞ。いつも言ってることだけど、遠慮しないで寝られる時は寝ておけよ。」
「乱馬・・・」
 ふっとあかねが顔を上げる。その表情に乱馬はただならぬものを感じた。のどかの言葉が蘇る。まさに思いつめたあかねの真顔。
「どうしたんだ?」
 事情を聞く前にあかねの気持ちを少しでもほぐそうと、乱馬は隣に座って優しく声をかけた。
「言いたいことがあるんなら、ちゃんと聞くから。」
 固く握り締められた手をそっと取る。強張るくらいに握られた手はかすかに震えていて乱馬を驚かせた。
「・・・乱馬は・・・本当はあたしと結婚なんかしたくなかったんじゃないの?」
「!?!?・・・お、おい」
 かすれたあかねの声が言うことに、乱馬は耳を疑った。
「そんなわけねえだろうが!」
 思わず大きくなる声。あかねはきっと乱馬を見る。
「それなら・・・それなら何で夜中にどっか別の場所に行って寝てるのよ!昨日も一昨日もまたその一昨日も・・・」
「お、お前・・・」
 しっかりバレてたとは・・・全身から冷汗がにじみだす。

「あたしと・・・一緒に寝たくないくらい嫌なら、も、もう・・・」
 大きな瞳からあふれだす涙。あかねは言葉を途切れさせて横を向いた。
「ちょ、ちょっと待て!違う、違うんだっ!!」
 久々に見たマジ涙に乱馬は頭ぐるぐる状態になりつつ、あかねを急いで引き寄せた。
「お前を嫌いになんかなるもんか!だから聞いてくれ、俺だって独り寝なんかしたくない、本当だ。」
「じゃ、じゃあどうして・・・」
「そ、それはだな・・・お、俺の寝相が悪くてお前を蹴飛ばさないか心配で、だから他の部屋に行ってただけだ。」
 事実とは逆の理由を並べ立てる乱馬。あかねの涙で思考停止寸前になるのは今も変わらない。
「・・・そうなの?」
「ああ、だから泣くのは止せ。」
 あかねは涙をぬぐうと、今度は面映そうに乱馬を見上げた。
「ゴメン、あたしったら・・・てっきり乱馬があたしから逃げ出してると思って。そこまであたしのことを心配してくれてたなんて・・・」
 照れたように逞しい胸に顔を埋めるあかね。その愛らしい仕草にまたしても思考がストップする乱馬。
「そんなに心配なら・・・布団ちょっと離して敷くから。そうすれば大丈夫でしょ。だから・・・一緒に、ね。」
「わ、わかった。もう他の部屋には行かないから、安心していいぞ。」
「うん・・・」
 これでしばらく安眠とはおさらばだ・・・乱馬は悲壮な覚悟を決めた。たとえ部屋の隅と隅に離れて寝ようとも、あかねの寝相の前には意味が無かった。それは既に実証済み。

「もう・・・寝よっか。」
「そ、そだな。」
 甘えるように乱馬に体をもたせかけたままのあかね。トホホ気分で愛妻のしなやかな体を抱きしめる乱馬。その柔らかな感触にやや気持ちが収まる。

 ん、待てよ・・・どーせ眠れないんなら・・・


 翌日、やや眠たげながら幸せそうなあかねは笑顔を振りまきながら学校に出かけていった。そしてこれまた睡眠不足の乱馬は、無神経なからかい言葉をかけてきた玄馬に眠れぬ鬱憤を炸裂させたのであった。



 顰蹙の上塗りな後編(第二夜)に続く(汗)


「〜にご用心」というタイトルってどっか問題ありな話についたりして(^^;




続きはこのページから探し出して辿ってください(邪悪・・・



(c)2012 Jyusendo

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