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眠り姫にご用心
第二夜(!?)
「何だ、乱馬・・・こんなところで寝よって。」
眠れない・・・というか寝させてもらえない日が続き、仕方なく乱馬は暇な時にはなるべく仮眠を取るようにしていた。事情を知らない玄馬はうざったそうに居間で寝ている乱馬をまたぐ。
「夜中に張り切るのもいい加減にせんか。」
「早乙女くん、早乙女くん・・・いいから寝かせてあげようよ、ね。」
見かねた早雲が玄馬を連れ出す。事を荒立てたら家庭内別居にもなりかねないのだ。
「それもそうだね、天道くん・・・わしも早く孫の顔が見たいし。」
「早乙女くん、一言多いの。」
真面目に防具でも付けて寝ようか・・・朦朧とする意識の中で、乱馬はそんなことを考えていた。
「あのね、乱馬・・・」
その日の夜、気も重く乱馬が寝支度をしていると、ひょいとあかねが隣の部屋から顔を出した。二人の部屋はかつて二つだった部屋を、壁をスライド式の仕切りに変えて一つにしたもの。一つは寝室兼居間、一つは仕事や勉強用の書斎っぽい造り。
「前期レポート明日までなの。だから今夜は一人で寝ててね。下手したら徹夜になるかも。」
「徹夜!?・・・おいおい、あんまり無理すんなよ。」
「大丈夫だって。じゃお休みなさい、乱馬。」
引き戸が閉まるのを待って飛び出すガッツポーズ。徹夜と決まったわけではないが、あかねがレポートにかかっている間は安眠出来る。いそいそと乱馬は布団の中にもぐりこんだ。程なく響く寝息以上いびき未満の音。
「あら、もう寝ちゃって・・・電気もつけっ放しで。」
あかねはふふっと笑うと電気を消した。
乱馬は心地よい眠りの中にあった。ここのところあかねの寝相のおかげで、安眠とは程遠い日々が続いてたのだ。こんなに眠りが気持ちよいことがあったろうか・・・
「すーすーすー・・・!」
深い眠りの中にあったはずが、乱馬は本能的に身を強張らせた。何かが近づいてくる・・・いや、何かは明白。
「!?」
すっと背から伸びてくる手。いきなり背後を取られた乱馬は焦って体の向きを変えようとしたが、神経ほど目が覚めてない体は思うように言うことを聞かなかった。
やられる・・・
ノーガードで5連発コンボやネックブリーカーはあまりに辛い・・・ダメージを想定し、入らない力をそれでも乱馬は丹田に込めた。
「?」
手に続いて足も体に巻きついてくる。あかねのしなやかな手足。こんな寝技があったろうか?・・・まさか関節技ではないだろうが。
そのまま手足をぎゅっと絡ませ、あかねの体はぴたっと乱馬の背についた。微かに聞こえる規則的な寝息。しばらく気配をうかがったが、あかねは時折身じろぎやら手足の配置を変えはするものの、破格な大人しさで眠りつづけた。
恐る恐る力を抜くと、再び眠気がこみ上げてくる。いくらも経たず乱馬もまた深い眠りに落ちていた。
「それでは昨夜は無事で済んだというのかね?」
「ええ、まあ・・・」
夜が明け、あかねが大学に出かけた後、乱馬はこそっと早雲に昨夜の一幕を話した。
「ふむ、勉強で疲れたせいかもしれないな。」
「確かに頭を使った疲れは独特なものがあるが・・・」
解決のヒントが浮かびそうで浮かばない。二人で首を捻っていると、のどかがにこにこしながらやってきた。
「かすみさんからお電話ですわ。」
「おお、そうかそうか・・・乱馬くん、この話はまた。」
いくらも経たず、電話の方から形容しがたい大騒ぎが響いてきた。
「おめでとう、お二人さん。」
「おめでとうございます。」
かすみが嫁いだ小乃接骨院の一室に賑やかで華やかな空気があふれる。結婚して半年と経ってない東風とかすみを囲み、双方の家族は盛り上がりに盛り上がっていた。
「あ、ありがとうございます。」
真っ赤になって頭を下げまくる東風の傍らで、かすみが穏やかに微笑む。
「大丈夫、かすみさんの骨盤は折り紙付きじゃ。」
「くうう〜〜、この日が来ることをどれだけ楽しみにしていたか〜〜!!」
双方の家にとっての初孫は、ひっそりとかすみの胎内でその小さな鼓動を打ち始めていた。
「さて、そうなると・・・」
一同の視線がもう一組の若夫婦に向けられる。
「ちょ、ちょっと」「俺たちはまだ結婚したばかりですよ。」
戸惑う乱馬とあかね。その初々しい様子に、ますます皆はここぞと言い立てる。
「あかねさんの骨盤も見事なもの。いつでも元気な赤子を産めますぞ。」
「そうとも、乱馬、後はお前の頑張りしだいじゃ。」
「あなた、まだ二人とも若いんですから。」
「授かりものって言いますからね、こればかりは・・・」
「わしだって孫の顔を見たい。天道くん、いいなあ〜〜」
「早乙女くん、焦らなくても大丈夫だって。」
「嫌じゃ嫌じゃ、わしも早く孫を抱いてみたい〜!遊んだり稽古したり一緒にお風呂入って、添い寝もしてやりたい〜〜」
「まあ、あなたったらそれこそ気が早い。」
駄々こねオヤジと化した玄馬の言葉に、早雲はハッとしてちらりと乱馬に視線を投げる。乱馬もその意味を悟って肩をすくめた。
今子供が出来たら・・・妊娠中から危険が付きまとうことになる。寝ている間に無理な体勢になってしまうこともあり得るし、無事に生まれても添い寝など絶対にさせられない。
あかねが学生であることと、道場経営を軌道に乗せるためにただでさえ多忙なことから、乱馬としてはもう一、二年子供は先にするつもりだったが、これではいつになるやら。
「あ、俺が持っていきます。」
「このくらいは大丈夫よ。でもありがとう、乱馬くん。」
料理の大皿を受け取った乱馬をかすみはにこやかに見る。
「でも良かったわ、あかねより先に赤ちゃん産めそうで。」
「?」
「だって・・・あかねの番の時にいろいろ教えてあげられるもの。」
「かすみさん・・・その時はよろしくお願いします。」
嫁いでも変わらぬ姉妹の絆。乱馬は胸が熱くなる。
「実を言うとね、あかねが赤ちゃんだった頃の記憶、少しはあるの。」
ゆっくり皆のいる部屋に歩いていきながら、かすみは懐かしそうに話しだした。
「お母さん、出産の予後が良くなくてね・・・お父さんと出来るだけお手伝いをしようって約束をしたのよ。お父さんとしてはなびきの相手をして欲しかったのだろうけど、私はお母さんの真似をしてあかねの世話をしたがったそうなの。」
「その頃からかすみさんはあかねのお母さん代わりだったわけですか。」
「お母さん代わりって・・・もちろん大したことは出来なかったわ。オムツを取り替えたり、ミルクを飲ませてあげたり、泣いた時におもちゃであやしたり・・・」
それは充分大したことではないかと乱馬は思ったが、黙って聞きつづけた。
「お母さんはそれでも皆の面倒をしっかり見ていたわ。体調悪くてお乳の出も今ひとつで・・・でもいつも笑顔でいた。」
それはきっとかすみの、そしてあかねの笑顔そっくりの優しく情愛にあふれた笑顔だろう。それは確かに娘たちに受け継がれている。
「だから私もいつか母親になる時が来たら、お母さんのようになりたいってずっと思っていたわ。」
「かすみさんはずっとお母さんのようでしたよ、あかねや他のみんなにとって・・・俺だってあの頃お世話になりまくってたし。」
「あら、そう思われてたなら嬉しいわ。乱馬くんが来てくれてから、弟が出来たようで楽しかったのよ。」
自分が来てからの大騒動の数々をあっさりと乗り切ってきたかすみ。この人には一生頭が上がらないだろうと乱馬は思う。
「とにかく体をお大事に。何かあったら気軽に俺やあかねに言ってください。」
「ありがとう、そうさせていただくつもりよ。私が無理したら・・・皆が悲しむことになるかもしれないから。」
かすみの笑顔がやや哀しげになる。
「あかねは・・・一番お母さんと過ごした時間が少ないの。だから人恋しいところがあの子にはあるわ。なるべくそれを出さないようにしているけど・・・でもこれからは大丈夫ね、いくらでも乱馬くんに甘えられるから。」
「え゛・・・は、はあ」
かすみの言葉に思わず照れる乱馬。
「甘え下手なのは大目に見てあげてね。本当に小さな時からあの子は我慢してきたの、甘えることを。・・・お母さんに負担をかけさせないようにって。身の回りのことも、他の子がまだまだお母さんに手伝ってもらっているような頃から自分でやるって頑張ってたし、それにね・・・」
かすみはそっとお腹に手をやった。
「淋しかったと思う。お母さんをゆっくり寝かせてあげたいからって、ごく小さな時から別々に寝ていたわ。それこそ私がお母さんと一緒に眠っていたような年頃に。夜中に私のところに来て一緒に寝たこともあったわ。私にぎゅっとしがみついてきて・・・本当はお母さんと眠りたかったでしょうに。」
「そうだったんですか・・・」
「おっ、料理が来たぞ!」
「待ってました〜」
皆の待つ部屋まで来るとたちまち沸き起こるおやじ〜ずの喧騒。話はそこで中断した。
「乱馬、これなあに?」
あかねはぼわっとした大きな包みを不思議そうに見た。小乃家での大宴会がやっとはけたのはかなり夜も遅くなった頃。途中で一度宴席を抜け出した乱馬は買い物をして一旦天道家に戻り、買ったものを部屋に置いといたのだった。
「ああ、健康グッズだ・・・ちょっと人に勧められて。」
「そうなんだ。開けていい?」
「遠慮しないでいいぞ。お前、最近忙しかったようだから・・・その、俺からのねぎらいってとこだ。」
「本当?・・・嬉しい・・・」
ぱっと顔を輝かせるあかね。その様子にくらっときながらも、乱馬はともかくあかねに包みを渡した。
「じゃあ開けるね・・・っと。」
不器用な手つきであかねは包装を解いた。中から出てきたのは細長いクッション・・・のようなもの。青と白のツートンカラーでイルカを模してある。
「わあっ・・・これ、抱き枕ね!」
きゅっとばかりに枕を抱きしめるあかね。これまた可愛い構図に乱馬の思考は停滞する。
「ありがとう、乱馬・・・」
抱き枕ごとあかねにぎゅむっと抱きつかれ、今度はたまらず乱馬は理性に一時休暇を出した。
乱馬はふっと目を開けた。隣からは安らかな寝息。静かに体を起こして、乱馬は様子をうかがった。
「う・・・ん」
あかねは抱き枕にしっかりしがみついていた。その顔にはどこか満足そうな笑み。
「思った通りだったな・・・」
かすみの話にヒントを得て、乱馬は抱き枕を買ってきたのだった。幼児体験というのは大人になってもついて回る。幼い時から独り寝の淋しさを味わってきたあかね。温もりを求め、それを得られないことに不満を持ち続けてきたのだろう。意識には既になくてもどこかにその思いは残り、あのひどい寝相となって夜毎爆発していたのだ。思い起こせばあかねの枕元にはいつもぬいぐるみがあった。高校生の時も、大学に上がっても・・・それは一種の代償行為だったのかもしれない。
抱き枕に意識があったら悲鳴を上げそうなくらいに抱きしめたあかねは、暴れる気配はなかった。乱馬はホッとして横になり、枕を抱えたままのあかねをそっと抱き寄せた。
「ったく、どこまで不器用なやつなんだ、お前は・・・甘え方くらいうまくなれよ。でないと、いい母さんになれないぜ・・・」
「そうか、そんな手があったのか・・・まあ、これで一件落着だな。」
良牙はなるほどとうなづいてみせた。日曜の昼下がり、久々オフの乱馬は豚相撲部屋を訪ねていた。
「今から考えれば、Pちゃん抱いて寝てたのもそのせいだったのかもな。」
「さあな、それこそ今となってはどうでもいいことだ。」
「違いねえ。」
冷たいビールを飲みながら、二人は気楽な格好で話していた。
「どうだ、準備の方は?」
「お前がこぼしていた通り、雑事の山だ。結婚するのも楽じゃないな。」
「な〜に言ってやがる。あんなきれいで優しくて心が広くて・・・おめーには過ぎた嫁さんもらえるってのに、文句垂れてたらバチが当たるぞ。」
「あかねさんこそよくお前なんぞと結婚したものだ、勿体無い。」
「あのな、あかねと結婚してんのがどんなに大変かおめーだってわかったろうが。あかりちゃんはあの通り器用だし料理もうまいし・・・」
「そりゃそうだが・・・」
「寝相もいいし・・・」
「まあな・・・って、乱馬!!」
またしても引っ掛けられた良牙は、乱馬の胸倉をつかんだ。
「お前というやつわ〜〜!!・・・ん?」
シャツを引っ張られて乱れた襟元からのぞく何やらモミジのようなあざ。
「らしくないな、お前があざ作るなんて・・・これ、手形か?ってことは・・・」
「いや、時々枕だけじゃ足んなくなるようで・・・っていーだろーがっ!」
「お前、結局のろけに来ただけじゃないのか!?」
「違わいっ!・・・おめーこそあかりちゃんにあざなんか作るなよ!」
「もちろんちゃんと力加減して・・・だ〜〜っっ、お前はまた!!」
「ごめんなさいね、あかりさん。後できつく言っときますから。」
のどかから乱馬が良牙に会いに行ったことを聞いて、あかねもまた豚相撲部屋に来ていた。男二人で盛り上がってるのを見て、水を差すまいとあかりとお茶を飲んでいたのだが、もれ聞こえてくる会話に思わず赤面する。
「気にしないでください。乱馬さまがいらっしゃると、良牙さまはすごく嬉しそうで。」
「本当に変わってないわ、二人とも。男って本当に・・・い゛」
アルコールの勢いもあって脱線どころか暴走する男どもの会話に、あかねはたまらず立ち上がった。
「ちょっと、二人とも何て話してんのよ!!」
「げっ、あかね!?」
「あ、あかねさん、あかり・・・こ、これには訳が・・・」
「良牙さまったら・・・嫌ですわ。」
「帰るわよ、乱馬!・・・あかりさん、どうもお邪魔しました。」
「またいらしてくださいね。」
無節操で無用心な会話のツケ。乱馬はあかねから一週間の謹慎処分を言い渡された。
「なんでぃ、あかねの怒りんぼうが・・・ま、いいさ、これでゆっくり眠れるってもんだ。」
「ねっ、寝れねーーーっっ!!」
大顰蹙の御仕舞い・・・若夫婦に幸あれ(^^;
完
ふぉっふぉっふぉっ・・・ごちそうさまでした〜
(c)2012 Jyusendo
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