春の嵐
ふっと一つ息を吐き出した。
心臓が飛び出るのではないかと思うほどに緊張している。こんなに緊張するのは久しい。それもその筈だ。着慣れない紋付袴。それはいいとして、隣には白無垢に身を固めたあかねがいる。じっと俯いたまま神妙に座っている。
ちらっと盗み見た彼女はいつもの数倍も可愛く見える。他の誰よりも綺麗だ。否が応でも鼓動は速くなる。
見慣れた天道家の座敷だが、どこか違う世界に来たようなそんな錯覚。
形ばかりとはいえ、祝言。
これは夢や幻ではない。己のハレの場だ。何より隣にあかねが居るのが不思議だった。
一、
春はまだ浅く、山から吹き降ろす風は冷たかった。
春休み。鈍りきった身体に渇を入れるためと称して、父子で山へ篭った。二人とも放浪生活が長かったので多少の修業はへこたれない。
春休み中、戻る意志はなかった。
天道家に身を寄せるようになって早二年近い月日が流れようとしていた。まだ十八年弱という人生の中で、どっしりと一所に腰を落ち着けたのはこの二年が初めてではなかったろうか。
帰る所ができたという安心さも去ることながら、その分、親父も俺も怠け癖がついたと思った。
天道家に居る間はどうしても貪欲な修業にはならなかった。温かいご飯と寝床。そして安心感。全ては武道家には無縁のものだと親父は俺を連れてずっと放浪を続けていたのに、呪泉郷で呪いを受けてから人が変わったように天道家を根城にしてしまったのである。
それを全部否定するつもりはなかったが、せめて修業だけはきちんとこなしたいといつも思っていた。
元は勝手に父親同士が盛り上がっていた「許婚話」。
呪泉郷で「女体化」するというとんでもない呪いに見舞われて、自分自身を失っているうちに、天道家へ連れて来られた。あれよあれよと反撃する間もなく、一人の気が強い少女の許婚に据えられ、何時の間にか彼女を愛し始めていた。
天道家へ居候を始めて二度目の春。
「たく・・・。何だって山を降りるんだよ。」
俺はぶつくさ言いながら親父の玄馬に楯突いていた。
「仕方なかろう・・・。天道くんから連絡が来たんだから・・・。」
親父はテントを畳みながら俺に言った。
「だから・・・。修業の砌に何故、天道家から来た連絡で下山しなくちゃならねえんだよ・・・。」
不機嫌な俺の鼻息は荒い。帰りたくない訳では決してなかったが、まだもっとこの大自然の中で修業を続けたいという思いが強かったからだ。中途半端が一番嫌だ。
「まあ、そう言うな・・・ワシにだっていろいろ都合があるんだぞ・・・。」
「どんな都合だよ?あん?もしかして夜桜見ながら花見したいって下山するなんてことねえだろうな・・・。」
俺は親父を睨みつけた。この体たらくなすチャラカ親父ならそう思いかねない。ぼちぼち下界は花が咲きほころび始める頃だ。その花恋しさに山を降りると言い出したのではなかろうか。親父のいつものパターンからはそう思わずには居られなかった。
「たく・・・。おまえと言う奴は・・・。父親を何だと思っておるんだ?」
親父が恨めしそうに俺を見上げた。
「へっ!てめえはいつもそんなふうにスチャラカじゃねえか・・・。」
「兎に角、つべこべ言わすに下山の準備じゃっ!」
「たく・・・。親父だけ先に帰れよ・・・。」
俺は半ば意固地になってくる。そんなに桜が恋しければ親父だけ帰ればいい。俺はもう少しこの山で鈍った身体を鍛え直したい。そう思ったのだ。
「ほお・・・。黙って聞いておれば・・・こやつは・・・。」
親父はちらりと目を俺に向けやがった。何だ。その変な落ち着きは。訝しがると言葉を続けた。
「あかねくんが大変だから下山せよと天道くんが言って来たんじゃっ!心配をかけては何だからと乱馬君には黙っていてくれと釘を刺されたんじゃが・・・。」
親父の言葉に動きが止まる。親父の口からあかねの名前が飛び出したからだ。
「え・・・?」
俺は思わず親父を見詰め返していた。
「あかねが・・・?大変って・・・。何だよ・・・。」
血の気が引いた。
玄馬はにたりと笑って俺を顧みた。
「さあな・・・。電話では詳しい事はわからないが・・・。何かあったようじゃぞ・・・。乱馬よ・・・。」
思わせぶりに話しやがる。
あかねのことが絡むと平常心を失うのもまた俺の常。
さっきまでぶつくさ言いながら止まっていた手だが、俄かに動き始めた。あかねが一大事とあっては下山せずには居られない。目の前の父親の事などもう眼中には無くなった。
「たく・・・。厳禁な奴じゃな・・・。」
親父はふっとそんな言葉を言ったようだが、そんなことはもうどうでも良かった。
早く東京へ帰りたい。帰らなくちゃ!
俺はさっきとは完全に思考が逆転していた。
そう、冷静さを欠いていたおれは、この唐突な下山に絡んで、「とある陰謀」が張り巡らされていたことなど、知る由もなかったのである。
下山の道すがら、俺は始終あかねのことに想いを馳せていた。
(何があったんだ?あいつ・・・。何か大きなドジでもやらかしたのか・・・?怪我とか・・・。まさかな・・・。)
心配事は一度膨らみ始めると、途方も無く大きくなるものである。
踏みしめる足と同じくらいに心臓がどくどくと波打ち始める。己の脳裏は全てあかねのことで埋め尽くされてゆく。
様子が全くわからない。それがこういう場に於いては一番厄介なことかもしれなかった。
得てすれば愛するもののピンチは人間をマイナス思考へと導くものだ。
麓が近づくに連れて、かえって不安は増大する。高かった春の陽も山端に傾き始める。この分だと東京へ帰り着く頃はすっかり夜遅くなっているだろう。
親父はそんな息子の姿を無言で見ていた。不覚にも親父がしめしめとほくそえんだのを俺は感じ取ることが全く出来なかったのである。
バスで山道を下り、電車を乗り継いで、兎に角親父と帰路を急いだ。
その最中、殆ど会話をかわさなかった。それどころではなかったのである。様子がわからない以上、気持ちは焦るばかりであった。
お化け蛍光灯が上で光っている天道家の門は心なしか寂しげに見えた。いつもならほっとするこの瞬間も俺は緊張感に満ちていた。
「只今っ!!」
引き戸を開けて大急ぎで玄関を駆け抜ける。廊下をバタバタと渡って茶の間へ直行する。
「おじさんっ!あかねは?」
真っ先に口火を切る。
早雲おじさんは腕組みをして座卓に座り込んでいた。
「やあ・・・。思ったより早かったね・・・。二人とも・・・。」
神妙な顔をして口を開く。
茶の間を見渡すと、オフクロとかすみさんが深刻な顔をして座っていた。
(あかねは・・・。?)
見渡しても許婚の姿は無い。なびきの姿もないのが気に食わなかった。
「まあ、いいから座しなさい。」
早雲おじさんは俺を促した。
大きなリュックを投げ出すように置くと、乱馬は勧められるままに己の定位置に腰を下ろした。
「気を取り乱さないように聞きなさい・・・。」
おじさんは俺をちらりと一瞥するとと重そうに口を開いた。
ごくんと唾を一つ飲み込んで対峙する。
「実はね・・・。あかねが入院したんだよ・・・。」
「入院?」
意外な言葉がおじさんから漏れた。
「怪我か?それとも何か病気でも・・・。」
「まあ、落ち着きなさい。焦っても仕方がないことなんだから・・・。」
おじさんははやる俺を嗜めた。
俺はそわそわする心を持て余しながら、黙った。天道家の人たちは鎮痛に座して俺とおじさんのやり取りを見詰めていた。
「今朝方のことだったんだが・・・。あかねがロードワーク中に男の子を助けたんだ。」
おじさんが静かに言葉を割った。
「助けた・・・。で・・・。」
「丁度川べりで遊んでいた男の子が、あかねが通りかかったときに川に落ちたんだね・・・。それを助けようと飛び込んだらしい・・・。」
「え・・・。まさかあいつが・・・?」
俺は身体中の体温が引いてゆくの感じていた。
あかねは泳げない。それが川に飛び込んだらどうなるか・・・。それに、昨日は終日雨が降っていたはずだ。山の天気も荒れていて、冷たい雨がひとしきり降り注いでいた。そんな天気だと、普段は緩やかな川の流れも速いはずだ。
「で、あかねは?」
おじさんは黙って首を横へ振った。
「おじさんっ!黙ってちゃわかんねえよっ!!」
俺の声はだんだんと悲鳴を帯びて甲高くなる。
「乱馬っ!落ち着きなさいっ!!」
横からオフクロが制した。俺の狼狽振りを一喝したのだ。
「男子たるものどんな大事でも心を乱すものではありませんっ!!」
オフクロは凛と俺を見詰めた。
一喝されて俺は掌をぎゅっと握り締めた。
「分かった・・・。これ以上取り乱さない・・・。だから、ちゃんとあかねのことを教えてくれ。」
唇が乾くのを感じながら俺は早雲おじさんを見返した。
二、
俺は病院へと急いだ。
東風先生のところにあかねは運び込まれたらしい。
今はなびきが付き添っているらしい。かすみさんに付き添われれば只でさえ危ないあかねの命に関わるからだそうだ。東風先生といえばかすみさんを目の前に置くと人柄も名医ぶりも迷走するから、当然といえば当然だろう。
おじさんの話はこうだった。
増水した川に飛び込んだあかねは男の子を助けたまでは良かったらしい。無我夢中だったので自分が「カナヅチ」だということすら忘れていたのだろう。ところが、男の子を岸で待つ人に手渡すと力尽きて沈んだのだそうだ。異変に気がついた東風先生が飛び込んであかねを引き上げた時は、既に息がなかったそうだ。
人工呼吸でなんとか息を吹き返したものの、まだ意識が戻らないらしい。
(あのバカ・・・。)
俺は心で叫びながら東風先生のところへ急いだ。
兎に角あかねの様子を見たい一新で駆ける夜道。朧月が空から俺を見下ろしている。星はない。
春とはいえまだ宵は冷える。俺は疲れている身体を懸命に動かし続けた。
東風先生の接骨院が見える頃には息があがってしまい、ぜえぜえと肩で息をしていた。
それでも一息も吐かずに玄関を駆け抜ける。
「先生っ!!」
暗がりに向かって叫ぶと
「待ってたわよ・・・。乱馬くん。」
と声がした。付き添っていたなびきだった。
「あかねは?」
俺はなびきに怒鳴りかける。
なびきは静かに首を振った。
「意識が戻らないの・・・。ずっと死んだように眠ったまんまで・・・。」
力が抜けそうになるのを堪えなふがら、俺は案内された病室へ入った。
あかねはベットの上に横たわっていた。
東風先生が力なく傍に佇んでいた。
「先生っ!!」
俺はむせ込みながら病室に駆け込んだ。
「待ってたよ・・・。乱馬くん。」
東風先生が静かに俺を見詰めた。
「あかね・・・?」
あかねは静かに目を閉じて眠っていた。
「あかね・・・。」
呼びかけたが返事はない。それどころか東風先生が俺に静かに言った。
「ダメだったよ・・・。あかねちゃん・・・。」
横でなびきが堪え切れすに涙を流して泣崩れた。
「嘘だろ・・・。」
俺は呆然と目を閉じたままのあかねを見据えた。確かに息づく気配がない。俺はそのままぺたんと床にへたり込んでしまった。
東風先生がぽんと俺の肩を叩いた。
「僕の力も及ばなかった・・・。」
そう呟くように言い置くと、なびきを促して部屋を出て行った。
カタカタと風に窓が鳴った。
俺は力なく、あかねの傍に立ち尽くした。
「何で・・・。」
あかねの頬にそっと触れてみた。まだ微かに温かい。
「あかね・・・。」
涙が頬を伝う。
それから俺は静かにあかねの横に腰を下ろした。
「バカ・・・。」
そう言うと、涙が後から後から溢れ始める。どうやって止めるのか分からないほどにあかねの顔が涙に曇る。
「あかねのバカやろーッ!!」
思わずあかねを抱きしめていた。
悪夢であって欲しいと願った。だが、突きつけられた現実は厳しい。
「あかね・・・。何でだよ・・・。何でこんなことになっちまうんだよ・・・。」
俺はなりふり構わずにあかねに想いを叩きつけた。
同じ屋根の下に暮らすようになって二年。いつだって俺の傍にあった柔らかい微笑み。それが無に帰するなんて考えてもみなかった。考えたくもなかった。
「俺はまだ・・・おまえに一言も気持ちを伝えてねーじゃねーか・・・。」
そうなのだ。一度祝言未遂を履行してからこっち、やっぱりそのままの関係で居た。好きだという言葉がどうしても継げなくて、喧嘩ばかりの毎日。それはそれで楽しかった。いつかはとずっと思い続けていた。いつかはこの口できちんとおまえに気持ちを告げてそしてこの腕の中に抱きしめてやると・・・。
「こんなのフェアじゃねーよ・・・。あかね・・・。なんでだよっ!!コラっ!目を開けろよ。」
涙は枯れることなく溢れ出る。虚しく部屋中へ響く俺の言葉。
「好きだって言って、それからちゃんと抱きしめて・・・。嫁になれって・・・。なあ、あかね。目を開けてくれよ・・・。そしたらちゃんと祝言をあげて永遠の愛を誓ってっ・・・。」
言葉が詰まる。それ以上は継げなかった。涙で溢れて訳がわからなくなった。何を口走っていたのかさえ定かではない。
ただ、必死で泣崩れる。体裁なんてそんなもの要らない。このまま一緒におっ死んでしまってもいいとさえ思えた。断腸の思いというのはこういうのをいうのだろう。
ただ、俺の嗚咽がずっと部屋に響き渡っていた。
三、
春の夜は更けてゆく。
ただ、しっかりと愛した少女の亡骸を抱きしめる俺・・・。
気がつくといつの間にやら天道家の人々が傍に居た。
皆、沈痛な面持ちで俺の傍に佇んでいた。
「乱馬くん・・・。ありがとう・・・。」
早雲おじさんが静かに言った。
「乱馬よ・・・。おまえそこまであかねくんを想っておったのか・・・。」
「偉いわ・・・。乱馬。」
様子がおかしい。
一緒に涙にくれるのかと思いきや・・・。何故か一様に皆微笑んでいる。
あかねが死んだのにだ・・・。
泣き腫らした目を皆のほうへ手向けると、なびきが堪えきれずに笑い出した。
「な、なんだ?」
俺は訳がわからずに見返した。
「たく・・・単純なんだから。乱馬くんったら・・・。」
なびきの手元にビデオカメラ。嫌な予感がした。
「ごめんごめん・・・。乱馬くん・・・。そこまで君がリアクションしてくれるなんて思わなかったから・・・。」
東風先生までニコニコと笑い出したではないか。
「へ?」
キツネにつままれたような顔をした俺の傍へ立つと、抱えていたあかねの肩を両手で掴んだ。そして「はっ!」っといって気合を入れた。
「うんっ!」と言ってあかねが目覚めた。
「ごめんね・・・。苦しくなかったかい。あかねちゃん。」
問い掛けられてあかねは恥らうように顔を真紅に染めた。
「全部聴こえてたんでしょう・・・あかね。」
なびきがくすくすっとあかねの方へ目を向けた。あかねは黙って俯いてしまった。
何が何でどうなったんだ?
一人浮かない顔をしているのは俺だけ。
ひょっとして担がれたのか?
「あかねくんが溺れたのは本当じゃよ・・・。乱馬くん。今朝方川で男の子を助けようとして飛び込んだんだ。でも、すぐさま東風先生が助けてくださった。そして・・・見ての通り元気だ。」
早雲おじさんがニコニコと話し始めた。
「じゃ、さっきのは何だったんだよ・・・。」
うろたえながら俺はきびすを返す。
「折角だから、乱馬くんを担いで本心を聞き出してやろうじゃないかって相談がまとまったのよ。」
そう言ってなびきが笑い出した。
「な、何だって?」
俺はみるみる顔が赤らむ。ということはだ、皆俺の反応を楽しんでただけなのか?
「あ、言っとくけど、あかねは責任ないからね。東風先生に一役買ってもらって、息を吹き返したあかねに小細工してもらったの。動けないように、筋肉を硬直させるツボを突いてもらったのよ。」
なびきはそう言いながらけらけらと笑った。
「ほ、本当なのか?」
あかねを振り返るとコクンとひとつうな垂れた。
「動けなかっただけで、乱馬くんの愛の言葉、全部聞こえてたんでしょうけどねぇ・・・。」
あかねは真っ赤になって俯いていた。図星なのだろう。
「じ、冗談じゃねえっ!!何だってそんな・・・。」
俺は真っ赤になって怒鳴った。当たり前だ。何でわざわざこんな風に騙されてこんな風に・・・。火が出るほど顔は熱くなっていった。
安堵がだんだんと怒りに変わってゆく。
よりによってこんな悪戯。俺は本気であかねが死んだかと思ったんだ。許せる訳がねえ。
「あら、今日が何の日か知らなかったの?乱馬くん。」
なびきが俺にウィンクして言った。
「何の日って・・・。今日はええっと、四月一日だったよな・・・。あ・・・。」
俺は口に手を当てた。
「そう。今日はエイプリルフールってね・・・。忘れてたんだ。乱馬くん。」
やられたっ!と思った。
ふしゅるっと怒りが萎んだ。
「嘘を見破れる冷静さが、あなたには欠けていたのよ。まだまだ修業が足りないわ。」
オフクロが静かに顔を上げた。
そうだ。その通りだ。どんな時も武道家は冷静沈着でいなくちゃならねえ。それなのに俺ときたら。未熟だった。
「この際だから祝言挙げたらどうかね・・・。ご両人。」
親父がカラカラと笑い出した。
「そうねえ・・・。証拠のビデオもあることだし・・・。ばっちり撮ったわよ。どお?この際決意しちゃったら。」
なびきが透かし目で俺たちを見た。
「そうね・・・。乱馬もあと三日で十八歳になることですし・・・。きちんと祝言を挙げなさいな。」
オフクロまでそんなことを口にする。
「ま、後は当人同士話し合って決めて貰うこととして・・・。祝言の準備でもしますかね・・・。皆さん。」
早雲おじさんは極上の笑みを浮かべていた。
風がまた舞い上がる。
春の風が開けた窓から入り込んでくる。
カーテンがゆらゆらと風に煽られて揺れた。
天道家の皆は大ハシャギしながら帰っていった。
そこに残ったのは俺とあかねと。
夜風に当たりながら俺は火照った顔を冷ましていた。
あかねはベットの上に黙って腰掛けて俯いていた。
さっきの俺の暴言・・・。
エイプリルフールだって言い訳ても無駄だろう。俺は本音、多分、全部吐いちまったんだ。あかねも火が出るくらい恥ずかしいに違いない。
ずっと二の句が継げずに二人黙って明後日を向いていた。
「祝言・・・。あげるか・・・。」
あかねに向き直ると俺は静かに声を掛けた。
「無理しなくていいよ・・・。」
あかねはポツンと吐き出した。
「無理なんかしてねえ・・・。」
静かに歩み寄る。
「いいよ・・・。嘘でも嬉しかったよ・・・。エイプリルフール。」
「言っとくけどな、嘘なんか一言もついてねえからな・・・。」
そう言い終わるや否や俺はあかねを抱きしめていた。
そうだ。さっきの言の葉は全部本心だ。嘘は一つだってついちゃいねえ。
「乱馬?」
円らな瞳が俺を見上げる。突然抱かれたことに違和感を覚えたのだろうか。
「たく・・・。溺れたってのはホントだったんだって?バカ・・・。おめえは一人にしておくと何しでかすかわかんねえしな・・・。これからは俺の傍に居ろ。ちゃんと守ってやるから・・・。」
「うん・・・。」
腕の中であかねが返事した。
「今の、承諾だと思っていいな・・・。」
「承諾って?」
「バカ・・・全部言わせるな。プロポーズだよ・・・。」
「まだあたしをからかうの?エイプリルフールだからって・・・。」
「あのな・・・バカも休み休み言えよ・・・第一、もう日付けかわってるぜ・・・。」
「嘘・・・。」
「ホントさ・・・。だから・・・。返事は?」
あかねは極上の笑みを返した。そして一言「はい。」と言った。
俺は返事の代わりにあかねにくちづけた。多分、初めてのスィートキッス。
あれから二日後、こうやって俺はあかねの傍に座って神妙にその時を待っている。
家族たちはすぐさま俺たちの決意を受け入れた。そしていろいろ話し合った結果、こうやって祝言を挙げることにした。
但し、これは秘密だ。かすみさんを目の前にすっかり舞い上がっている東風先生を媒酌人に、八宝斎のじじい以外の天道家の住人と俺たちだけの秘密の祝言。
ごく限られた者たちだけが知っている俺たちの秘密。ちょっとわくわくするじゃねえか・・・。
でも、これはほんの始まりだった。俺たちの苦悩と試練に満ちた結婚生活の第一歩だった。
ここが天道家ということを俺たちはすっかり忘れていたのだ。
またそれは追々話していくことにしよう。
「若夫婦シリーズ第一作」
乱馬視点でいくか中立視点でいくか迷ったらしい。
考えあぐねた末、乱馬視点で決行。無謀かもしれないが彼の目を通して書くことで「コミカル」にしたいと思ったから。ことこと加筆修整しそうなので「偽頁」へ突っ込む。
プロット含めて中途半端で気に食わない部分がまだまだ多すぎて・・・
掘り下げが足らない・・・と喘ぎつつ、でも、底抜けに楽しいのも描きたいから。
本当はいなばRANA家にシリーズ展開させてもらおうと思ってたんですが・・・。取りやめ(苦笑
テーマは「秘密の若夫婦」いや「乱馬の喜悲劇」かも。
(c)2003 Ichinose Keiko