淡き春のプレリュード#3
六、
目覚ましの音が静かに鳴った。
慌てて、音を止めると、乱馬はゆっくり起き上がった。
天道家に母ののどかが居候するようになって、乱馬は二階の奥の物置部屋だったところに移っていた。もと居た和室は父の玄馬とのどかが使っていた。
「もう、ぼちぼちかな…。」
いつものチャイナ服に着替えると、乱馬は臨戦体制に入るべく、そっと部屋を出た。
そう、あの八宝斎があのまま引き下がる訳は無い。きっと、みんなが寝静まった丑三つ時に、行動をおこすに違いないと睨んでいた。下司な下心を秘めて、あかねに座薬を持って来るに違いないのだ。
あかねを八宝斎の魔の手から、守ってやれるのは、自分しか居ない…いや、守ってやらなければ…。
修行から帰ってきたところで、とても疲れていた乱馬は、繰り広げられるであろう八宝斎との攻防戦に備えて、少しでも休眠を摂ろうと、今夜は早めに床に着いていたのだった。体が動かなければ、あのエロ師匠に太刀打ちできる訳は無い。
カタッ。
かすかに、階下で物音がした。
「来やがったな…。」
じっと暗闇の廊下を見つめていると、人影がそろりと近づいて来る。乱馬は息を凝らしてそいつを待った。
「みんな、薄情じゃわい。早く熱を下げてやらなければ、あかねちゃんがかわいそうじゃろうに…。」
そうぶつくさ言いながらその人影は近づいて来る。右手に薬袋を持っているようだ。
人影は、あかねの部屋の前で立ち止まると、辺りをきょろきょろうかがった。心にやましいことがあるのだろう。乱馬はいつでも飛びかかれるように体制を整えながらじっと息を潜めた。
そして、奴は、そっと、ドアノブに、手をかけた。その瞬間だった。
「おいっ。」
乱馬は背後からドスのきいた声を張り上げた。
びくっとして、八宝斎は立ち止まった。
「何やってんだ、この夜中によぉ。」
「いや、わしはただ、熱で苦しんでいるあかねちゃんの看病に来ただけじゃ。」
八宝斎が焦りながら答えた。
「看病ねぇ。それで、その手にしっかり持っているものは何だ?」
「あいや、これは。…。」
「座薬じゃあねえのか。」
静かに乱馬が問い掛けると、
「あかねちゃんの一大事じゃろう、乱馬。あかねちゃんはこの薬を待っとるぞ。」
「んなもの、待ってねえ。」
「いや、待っておる。高熱なんじゃぞ。それがおまえにはわからんのかっ!」
「いい加減にしろよ、この色ボケじじィ!」
八宝斎のお下劣に、いいかげん乱馬は怒りをおぼえていた。熱くなるまいと思っていたが、真夜中だという事をつい忘れて、結局、八宝斎ともみ合いになってしまった。
「どうしても、邪魔立てする気か、乱馬。」
「うるせぇ、てめぇこそ、おとなしく薬を返しやがれ!」
いつもの、ドタバタが始まってしまった。
とにかく、八宝斎から薬を取り戻さなければならない。
いつのまにか、廊下に、天道早雲とパンダのままの玄馬が出てきて、二人の戦い振りを見守っていた。
「頑張れ、乱馬君。お師匠様の暴走をなんとしても止めてくれ。」
早雲が声をかけた。玄馬パンダも
「それいけ乱馬」と右に、
「ファイとだ乱馬」と左に
それぞれ書かれた、看板を手にパホパホ言って応援していた。
乱馬と八宝斎は、周りに構うことなしに、暴れ続ける。
「しつこいぞ、クソじじィ、いい加減にあきらめやがれ。」
「お主こそ、あかねちゃんが心配なら、おとなしくワシに薬を使わせろ。」
こうなると、どうにも止めようがなかった。
やがて、
「もう、うるさいわねえ。いま何時だと思ってるのぉ。」
隣のドアからなびきがひょっこり顔を出した。
「あらあら。」
今度はかすみが出てきた。のどかまで、刀を抱えて飛び出してきた。
起き出してきた天道家の人々のをよそに、乱馬と八宝斎の座薬争奪戦は、あかねの部屋の前で、繰り広げられてしまったのである。また、誰一人、それを止めに入る輩が居ないのも、天道家ならではであったが…。
当然、あかねも、部屋の外の異変に気付いていた。
しかし、高熱で頭がぼんやりとしていた上、体中がだるくて、騒動に聞き耳すらたてる気にはなれなかった。全てが夢の中で響いてくる音のように思えたのだ。
もみ合いながら隙をみて、八宝斎はあかねの部屋に飛びこんだ。
「あっかねちゃーんっ。」
八宝斎は、乱馬を振りきると、あろうことか、そのままあかねに向かって突進していった。
あまりに突然のことだったので、あかねは布団を被るのがやっとだった。
ドカッ、ばたっ。
すんでのところで、乱馬は八宝斎を取り押さえることに成功した。
「たくーっ。病人の部屋にドカドカ上がりこみやがって。」
懐かしい声があかねの耳元に響いた。
…乱馬、帰ってたんだ…。
安堵感がこみ上げたあかねだったが、言葉にする元気はなかった。
乱馬は取り押さえた八宝斎から、手にしていた薬袋を無造作に取り上げた。それで、安心したのがいけなかった。
八宝斎は起きあがると
「うへへ、薬の本体はちゃんとここに持ってるもんねぇー。」
と叫んだ。見ると、確かに銀色に光る薬を右手にしっかり持っている。
すかさず、八宝斎は銀紙をめくり、白っぽい薬の本体を取り出すと、
「どーれ、あかねちゃん、これをきみに…。」
と飛びあがった。そして、あろうことか、あかねの掛布団をはぐりにかかったのだ。
「ばかっ。いい加減にしろーっ。」
乱馬の怒りは頂点に達していた。すぐさま八宝斎の乱行を阻止にかかった。
そして、再び、病人のあかねの前でドタバタが始まってしまったのだった。
「あかねちゃん、ワシが熱をさげてあげるからねー。」
「返せ!こんの野郎。」
「いやじゃ、お主にはやらんぞ。」
「いいから、こっちによこせって。」
「わしが、使ってあげるんじゃーっ!」
「させるかーっ。」
傍でやたら騒がしい二人のやり取りを、あかねは黙ってぼんやりと聞き流していた。
普段の元気なあかねなら、二人の会話の内容にぶっ飛んでいたに違いない。そして、あまりの騒々しさとお下劣さに、その怒りが爆発して、とうの昔に鉄拳が飛んで、二人とも部屋から追い出してしまっていたことだろう。
幸いなこと(?)に、高熱におかされている今のあかねには、二人のやり取りの内容を理解する気力も失われていたのだった。
二人の攻防戦は、数分間あかねの部屋で繰り広げられた。
そして、突如、
「あーーーっ。」
という、八宝斎の一声で、ジ・エンドとなった。
「く、くすりがーっ。」
悲鳴のような大声をあげて、、八宝斎がその場にへたりこんでしまったのだ。
そして、じっと右手を放心したように見つめていた。
そう、長い間、剥き出しのまま、座薬を右手に持ちつづけていたので、すっかり溶けてなくなってしまっていたのだった。
ねとねとしている右手を悲しみの表情でじっとみつめている八宝斎の首根っこを摘み上げると、乱馬は容赦無く、ドアの外へ、蹴り出してやった。
「とっとと失せろ。」
廊下に放り出された八宝斎は、全ての気力を失ってしまったようで、呆然と転がっていった。
「乱馬君の勝ちーっ。」
ポソリと早雲が言うと、
「八宝斎滅びたり!」
と書いた看板っを手に、パホパホと玄馬パンダが頷いた。
八宝斎を撃退して、初めて乱馬は、みんなを起こしてしまったことに気がついた。と、同時にバツが悪くなった。
そんな、乱馬を知ってか知らずか、意味深な微笑を浮かべて、天道家の人々がずらっと顔を並べて立っていた。
最初に口を開いたのはなびきだった。
「ご苦労様ねぇ、乱馬君。ま、なんにしても、あたしは寝るわ。おやすみ。」
そう言って、真っ先に部屋へ戻ってしまった。
「お師匠様はこのとおり撃退できたようだが、しつこいお方だからなあ。あかねのガードは、君に任せたよ。朝までしっかりあかねを頼むよ。」
早雲と玄馬パンダは八宝斎を引きずりながら階下へ降りていった。
朝まで頼むと言われたって…。乱馬が困惑顔で突っ立っていると、かすみが、いつの間に持ち出したのか、毛布を乱馬に差し出した。
「はいっ、これ。」
と、半ば押しつけるように乱馬に持たせると、にこにこしながら、部屋へ戻って行った。
「乱馬、後は、任せたわよ。」
最後にのどかがそう言うと、パタンとドアを閉めてしまった。
そう、乱馬は一人、あかねの部屋に取り残されてしまったのだ。
七、
みんなが去った後、暫らく乱馬は、毛布を抱えたままポツネンと立ち尽くしていた。
確かに、撃退したものの、あの妖怪エロジジィはいつまた立ち直って、あかねを襲いに来るかわからない。抵抗する体力も気力も無い今のあかねを一人にしておくのは危険すぎる。まあ、乱馬にあかねのガードを押しつけるのはいいとして、乱馬とあかねを進んで二人きりにしてしまうとは…一体全体、天道家の人々はこの状況をどう考えているのか。
釈然としない突っかかりが乱馬に去来していた。
たとえ、同じ屋根の下に暮らしていても、親同士が認めた許婚でも、乱馬とてあかねの部屋に出入りすることなど殆ど無い。賑やかな天道家においては、二人きりになることも稀だった。お互い、相手を意識していることは明らかだったが、好きだという気持ちを言葉にしたことはない。とはいえ「許婚」という関係そのものが愛の証だと、心の何処かで、納得している二人なのだった。(表面上では反発し合ってはいたが…。)
つかず離れず。あかねさえその気になれば、いつだって、想いを受け入れてやるつもりではいたが、気の強いはねっかえり娘が素直に心情を白状する訳がない。もちろん、乱馬も自分から伝えるなんていう器用なことは出来る訳がなかった。でも、それでいいと乱馬は思っていた。この微妙な関係のままで暫らく居たいと真剣に考えていたのだ。喧嘩ばかりの毎日が楽しいと思っていたし、変に意識して気まずくなりたくなかったのだ。
それを、周囲の連中ときたら…。
もちろん、乱馬はあかねの事が心配で心配でならないのも確かだ。
風邪の事をかすみから聞いた時だって、真っ先に様子を見に駆けつけたいと思った。でも、結局、あかねの部屋に入る事すら出来なかった。
周りを気にしすぎていたせいもあったが、恰好の喧嘩相手であるこの跳ねっ返り娘が弱っている姿なんて、見たくはなかった。弱々しいあかねの姿を見てしまえば、とても平常心では居られなことが、乱馬にはよく分っていた。
現に、背中にあかねの弱々しい気を受けて、身体が過剰に反応しているのがわかる。
乱馬が自分の置かれた状況を把握し受け入れる決心がつくまで、どのくらいの時間を要しただろう。
乱馬は、あかねの傍についていてやろうと半ばヤケクソで意思を固めた。
そして、ホーッと一つ息を吐き出すと、あかねの方へ向き直った。
スタンドの明かりが柔らかく、あかねの熱っぽい顔を照らし出す。
ほんのりと頬が紅く染まり、いつもよりかわいくみえてしまう。
心配そうに覗き込むと、あかねは驚くほど素直で優しい微笑を乱馬に返してきた。その笑顔の眩しさに、乱馬は全身の筋肉がぎしぎし音をたてて固まっていくのがわかった。
あかねは、そんな乱馬を不思議そうに見つめていた。
あかねはあかねで、あまりの高熱で、自分が目の当たりにしている光景が夢なのか現なのか把握できないでいた。
普段の乱馬は、強気一典張りで優しさの片鱗もあかねに見せたことはなかった。強気な態度の裏には、あかねへの大きな愛情が隠されていることに感づいてはいたが、素直に表現してくれるほど甘い奴ではなかった。
すぐ傍で心配そうに佇む乱馬は、会いたいという己の願望が見せる幻なのではないかとぼんやり考えていた。半分、いや、全てが、夢の中での出来事なのだと勝手に思いこんでしまっていたのだ。
その思いこみがとんでもない出来事を引き起こしてしまうなんて、思ってもいなかったあかねだった。
無言でみつめあったまま、暫らく動けないでいた二人だった。
「ごめん、起こしちまったかな。」
乱馬が先に重い口を開いた。
「いいよ。大丈夫。」
そう言って、あかねは起き上がろうとした。
「寝とけよ。熱があるんだろ?」
慌てて乱馬は制した。
「おまえがくたばるなんて珍しい事もあるもんだなあ。なんか、無理するような事でもやったのか?」
そうなのだ。あかねがこんな風邪をひきこんだのには訳があった。
「格闘オーケストラ」。この、突然舞い込んだ話があかねの風邪の原因」と言っても良かった。
出演交渉が舞い込んだ次の日、天道家に運び込まれた楽器の数々に目を輝かせて、真っ先にヴァイオリンを選んでいたあかね。子供の頃からずっとあこがれ続けていたその楽器。しっかりと楽器ケースを胸に抱きしめて心躍らせていたのだ。
ヴァイオリンにすっかり心奪われて、夢中になってしまったのが運のつきだった。周りに気を配れなかったばっかりに、雑巾バケツを両手に抱えたかすみとブラジャーを持って走ってきた八宝斎が出会い頭にぶつかった時、避けきれなかったのだ。そう、頭から、水をざぶーんと被ってしまったのだ。
手にしていたヴァイオリンはケースの中に収まっていたので、幸い被害はなかったものの、あかねは無事ではなかった。
春とはいえ、まだまだ肌寒い。お風呂でも沸いていれば良かったのだろうが、そう都合良くいく訳がない。すっかり身体が冷え込んで、気がつくと、高熱におかされてしまっていたのだった。
我ながら情けないと思っていた。
そんな、理由を乱馬に話そうモノなら、きっと死ぬほど笑われるに決まっている。ヴァイオリンに気を取られていたなんて、絶対言えっこない。
「ちょっとね、ドジ踏んじゃって、頭から水を被ったのよね。」
か細い声で答えた。
「そうだよな、普通、水を被ったら、風邪の一つもひくよな。俺や親父なんかしょっちゅう水を引っ被ってるから、慣れちまって、風邪もひかねえモンな。」
妙に納得して、乱馬は笑った。
そう、呪泉郷で溺れて、変身体質になってからというもの、しょっちゅう水を被って変身してしまう乱馬親子には、少々冷たい水では、ビクともしない身体になってしまっていたのだ。考えると、これも情けの無い話だ。
「それはそうと、修行はどうだったの?」
「ま、これといった収穫はなかったかなあ。親父はあの調子だし、ちょっと気合が入ったくらいさ。」
「あたしも行きたかったなあ。ちょっとこの頃体がなまってるみたい。」
「だな。風邪なんかひいちまってさ…。」
本当にそのとおりだと、あかねは思った。このところ、修行を怠けているから、風邪なんかひきこんだのだろう。
「でもさ、俺たちがいねえ間に、なんか、天道家のみんな、大騒ぎしてるみたいだなあ。」
「格闘オーケストラのことね。」
「そうそう、おまえ、ヴァイオリンにエントリーしたんだって?」
あかねは、乱馬の問いかけに、ちょっと戸惑った。
「うん、まあね。」
「何だって、ヴァイオリンなんだよ?」
「どうせ、柄じゃないって言いたいんでしょ。」
「そっ、柄じゃねえ。」
からかい調子で乱馬は答えた。
「なによ、そんなにハッキリ言わなくってもいいじゃない。」
口を尖らせて、あかねは答えた。
あかねのすね方が可笑しくって、乱馬はくすっと笑ってしまった。
「私だって、一つや二つ憧れってものがあるのよ。悪い!?」
乱馬に笑われて、あかねは、不機嫌そうに答えた。
「憧れねえ。」
乱馬にはピンと来なかった。
「乱馬はどうするの?」
今度は、あかねが聞いてきた。
「俺かあ?そう言うのは苦手っていうか、ホントはやりたくねえんだけど。」
半ば、強制的に参加表明させられてしまった乱馬は苦笑いしていた。
「あれ、格闘と名が付く限り、挑戦は受ける主義なんじゃあなかったの?」
「まあな。しょうがねえから、付き合ってやるよ。」
「えっ?」
「だから、おまえに付き合って、ヴァイオリンをやるよ。弦楽器は二人一組なんだろ?」
「別に、私に付き合ってくれなくても…。」
「相変わらず、素直じゃねえなあ。お願いしますくらい、言えねえのかなあ。」
「なんで、そんなことあんたに言わなきゃいけないのよ。」
「おめえ、みたいな鈍い奴を一人にしておける訳ねえだろ。俺も付き合ってやるからありがたく思えよな。」
「何よ、その言い草。」
と言いながらも、あかねは、内心嬉しかった。
にしても、いつもの覇気があかねには欠けていた。いつもなら、もっとつっかかってくるのに。やたらにテンションが低いなと乱馬は思っていた。相当参っているのだろうか。
8
「ねえ、八宝斎のおじいちゃんと何争ってたの?」
ふっとあかねがふってきた。
「あ、いや、ジジイがおまえの薬を持って暴れていたから、取り返そうと思っただけさ。」
乱馬は、そう答えるのがやっとだった。
「乱馬、私のお薬、守ってくれたの?」
「ああ、まあ、な。」
確かに、守ったことには違いが無かった。
「それ、右手に持っているのがお薬ね。」
「えっ、あっ、これね。」
右手にしっかり握られた小さい薬袋を見て、一瞬乱馬は固まりかけた。
薬袋の表面には「座薬」と赤くしっかりと捺印されているのが目に入ったのだ。
「そう言えば。私、まだ、寝る前の頓服飲んで無かったわ。」
そう言って、あかねは、乱馬から、薬袋を受け取ろうと、手を伸ばしてきた。
「あ、これ、その、頓服じゃあねえんだ。」
慌てて、乱馬はあかねを制した。
いくら何でも、八宝斎のジジイと争っていたのが座薬だなんてストレートに言えるわけは無かった。
「頓服じゃあないの?。」
不思議そうにあかねは訊いてきた。
「ああ、頓服じゃあないけど、熱さましの薬さ。」
「熱さまし?」
「そう、熱さましの、ざ、座薬だよ。」
耳まで赤くなりながら乱馬は小声で答えた。
「ふうん。」
わかったのか、わかっていないのか、あかねは曖昧な答え方をした。
「その、なんだ、八宝斎のジジイがこの薬をあかねにじきじきに…って、しつっこく絡んできやがったから。」
言葉を濁しながら乱馬は説明し始めた。
「おじいちゃんが、私に?」
「あ、ああ。」
少し間を置いて、
「おじいちゃんも、私のこと心配してくれてるんだ。」
などと、あかねは言い出した。
「ジジイが、心配だアー?」
思わず乱馬は声を荒らげた。
「そりゃ、違うぞ。あいつは、下司な下心があったから…。」
「下心って、なあに?」
会話がだんだん飛び始めていた。
あかねは高熱で頭が回転していなかったし、乱馬は動揺していて、何を口走っているのか責任が持てなくなっていたのだ。そんな二人にまともな会話ができるはすがない。
「下心って、ジジイのいつものスケベ心だよ。」
「どうせ、飲ませてくれるつもりだったんでしょ?」
そう言うと、あかねは薬袋を乱馬から取り上げた。
「ねえ、飲むから、そこのお水とって。」
大真面目であかねは乱馬に頼んだ。
「お水って、おまえ…。」
「折角だから、これ飲んで早く熱を下げるわ。」
「な、何を…。」
慌てて、乱馬はあかねを制した。
「これは、飲み薬じゃあないぜっ。」
「えっ?」
あかねは、乱馬が止めたのが理解できないようだ。
「だから、これ飲み薬じゃあ無いんだよ。」
乱馬はもう一度念をおした。
「飲んじゃあ、いけないの?」
「ああ、普通飲まないぜ。こんなもん。」
当たり前だ。こんなもの飲んで効くはずが無い。第一、気持ちが悪い。
「そっかー、飲むんじゃなくって、舐めるのね。」
あかねは、またボケた事を口にした。でも本人はいたって真面目な表情だった。
「おっ、おい。舐めるなよー。」
乱馬は慌てて言った。
「おまえ、大丈夫かあ?相当熱が高いんじゃあねえか?」
乱馬は必死だった。
ふとその時、傍らにも一つ薬袋が置いてあるのに乱馬は気が付いた。
どうやら、食後の抗生剤らしかった。のどかが夕食を持ってきたときに置いていったものだろう。
…しめたっ。
と乱馬は思った。
「これ飲めよ…。こっちだったら飲んでも大丈夫だから…。」
乱馬はほうほうの体でそう口走った。
「うん…。」
「おっとその前に、少しでいいから、こっちの食事、お腹へ入れとけよ。胃袋がやられっちまうからな…。」
乱馬は夕食のおじやを差し出した。
「冷えてて美味くねえかもしれねえけどよ…。我慢して食えよ…。」
乱馬はあかねを労わりながらそんな言葉をかけた。
乱馬の促すままに、あかねは少し食事に口をつけた。熱っぽい身体には何を食べても無味乾燥であったが、乱馬の手前我慢して食べた。
乱馬はそんなあかねを傍でずっと見守っていた。
少しだけお腹に入れてから、あかねは乱馬が持ってきた水で薬を流し込んだ。
それからまた、ゆっくりとベットに横たわった。
枕元のスタンドの明かりがぼんやりとあかねを照らしつける。声をかけるのもなんだか照れくさくって、乱馬はずっと押し黙ったままだった。あかねの弱々しい表情や仕草がたまらなく愛しくなってゆく。
あかねはいつのまにか、乱馬の方へ向き直っていた。が、薄ら暗くて、その顔はハッキリ見えなかった。
でも、かえって、その方が乱馬にはありがたかった。自分の赤面した顔を見られなくって済むからだ。
「ねえ、乱馬…。」
最初に声を掛けてきたのはあかねの方だった。
「何だよ。」
乱馬がばつ悪そうにぶっきらぼうに答えると、あかねの右手がそっと乱馬に触れた。
「もう少しだけ、ここにいて…。」
小さくあかねの声が懇願してきた。
あかねは、乱馬に甘えていたかった。自分でも驚くほど、素直な気持ちが口を吐いて出て来る。
「お願い、何処にも行かないで。このまま、傍にいて。」
そんな、素直さが乱馬にはたまらなく、愛しく思えた。心臓はドキドキと波打っている。
「わかったよ、もうちょっとだけ、ついててやるよ。」
そう言って、乱馬は、あかねの手を握り返してやった。
「ありがとう。」
「あかね。」
乱馬はそっと問い掛けた。
「早く、よくなれよ。」
「うん。」
「弱ったおまえの姿なんて、俺は、見たくねえんだから。」
「うん。」
それは、正直な乱馬の気持ちだった。弱ったままのあかねをこれ以上見せられたら、きっと、正気ではいられないだろう。
「少し、眠れよ。疲れただろ?」
「うん。そうする。」
少し間をおいてあかねは囁き掛けた。
「ねえ、乱馬。」
「ん?」
「あのネ…。」
あかねは、はにかんで続けた。
「ありがとう乱馬…大好きよ…。」
消え入りそうなくらい小さな声で囁くと、あかねは、安心しきったのだろう。そのまま静かに深い眠りに落ちていった。
「あかね?」
乱馬が呼び掛けても、今度は返事が返ってこなかった。
代わりに、あかねは乱馬の右手をしっかり握ったまま、静かに寝息を立てていた。幸せそうに微笑を満面に浮かべながら…。
暖かいあかねの想いがふっと乱馬の心を過ぎっていった。
「ばかっ。」
小声でそう呟くと、返事の代わりに乱馬は、あかねの唇に自分の唇をそっと押し当てて、重ねた。静かに、そして、優しく……。
春の夜は静かに更けていった。
淡き春のプレリュード・完
お目汚しごめんなさい…座薬騒動そのままアップしてしまいました・・・(汗
少し文章表記は柔らかくしましたが、プロットは殆どそのまま…。
男乱馬と女乱馬の表記を分けない現在の作品と違って、当時は、アニメと同じく、男乱馬を乱馬、女乱馬をらんまと表記していました。従って、そのまま書き起こして行きます。
これは、ギャグなんで読み飛ばしてくださいませ。
これが、私のらんま小説処女作です…正真正銘の(笑
作文は1998年秋ごろだったと記憶しています。
読み辛さはご勘弁ください。パソコンでの作文、そのものに、全く慣れて居なかった頃の作品です。今のようにキーボードもスムーズに叩けず、一個ずつ探しながらローマ字打ちしていた頃の作品なので…。
というより、人さまに読ませるために書いた作品ではないので!
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