#3 水も滴るいい男 前編
一、
なびきとあかねが出て行って後に残されたのは、神前と眠り続ける乱馬。
あかねの膝の上から下ろされても、春の日溜りの中、リビングの床の上で、背中を丸めて気持ち良さそうに寝息をたてていた。
無理やり起こさない限り、次に寝覚めた時は、普通の乱馬に戻っているとなびきは言っていた。が、猫顔のままで眠っている乱馬を見ていると、それも疑わしくなってくる。
…このまま、猫で目覚めたら…。
ふとそんな不安が神前の頭の中に過(よ)ぎる。
あの狂暴な雄猫のまま目覚めたら、また、自分を攻撃してくるのではないかという不安。それも、助けてくれる何人(なんびと)もここにはいないのだ。
最悪の事態を避けるためには、とにかく乱馬を中途半端に起こさない事。それに尽きる。
しかし、いつまでもボーっとしている訳にもいかない。
神前は出来るだけ息を潜めて、静かに昼食の片付けと夕食の仕込みにかかった。
キッチンに入っても、出来るだけ音を立てないように、びくびくしながら作業を始めた。
これがまた、容易な作業ではなかった。
音をたてまいと気を遣うと、手が硬直するのか、余計にいつもより音を出してしまう。その度に、手を止めて、聞き耳を立てて、全身で乱馬の気配を気にしている。
神前らしくなく、コップを一つ、欠けさせてしまった。
…僕、何やってんだろう…
思わず虚しさが込み上げてきた。
いつもの2倍くらいの小一時間がかかって台所の用事を済ませると、どっと疲れが出てきた。
神経も、体力もへろへろになって、リビングに戻ると、乱馬はまだ眠り続けていた。
神前が覗きこむと、気配を感じたのか、乱馬の背中がピクリと動いた。その様子にドキッとして、思わず一歩後ろへ下がった。
ガタタンっ。
下がった拍子に、神前の足は食卓の椅子にぶつかってしまった。
…しまったっ。
神前には乱馬の耳が、猫のように、ヒクヒクと動いたように見えた。
そのまま、息をこらして、空気を呑み込んで、じっと食い入るように乱馬を見つめていた。
『途中で起こさないようにさえしていれば…何とかなるだろう。』
淡くもその命題は崩れ去った。
そう、乱馬は目覚めたのだ。
ドクンドクン。
神前の心臓が脈打ち始めた。
目覚めたのは、人間か、猫か…。
猫のままだったら、自分は、この家は一体どうなるのであろうか?想像したくない。
考えると、冷や汗が額から流れてきた。
そんな神前の動揺を知ってか知らずか、乱馬はパチッと目を開くと、大きなあくびを一つした。
そして、そろりと起きあがると、しばらくボ―ッと床にへたり込むようにうずくまっていた。
神前は乱馬の背中の方にいたので、彼の表情を窺い知ることはできなかった。
猫かそれとも人間か。背中だけでは判断がつかなかったのだ。
何だか、背中ごしに、丁半博打でもやっているような気持ちになった。
彼はゆっくりと上体を起こしながら、神前の方へ向き直った。
乱馬は、頭の中が靄でもかかっているように、ぼんやりしていた。真っ白く意識も遠のいていた。しばらく、何も考えず、言葉も発せず、じっとしていた。
自分がどういう状況下に置かれているのか、全く把握できなかった。わかることといえばここが天道家ではないということだけ…そう、乱馬は人間に立ち戻っていた。
寝ぼけ眼であたりを見回すと、息を潜めていぶかしげに自分を見つめる視線にぶつかった。
ぶつかると、その視線の主は、慌てて、すざっと後ろに下がって行く。いつでも外へ飛び出せるように、窓との距離を測りながら。
「……?。」
乱馬がきょとんとしていると、その人物は恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あのう…。」
その声は必要以上に上擦って震えてビブラートがかかっていた。
「えっ、あれっ。か、神前さん?」
乱馬は人間の言葉を発した。
「あ、あの、俺、あれえっ?」
彼が発した言葉に、神前は緊張感が一気に崩れ去ったように思った。もう、大丈夫。襲われることはないだろう。
人間に立ち戻った乱馬を見て、神前は安堵の溜息を一つ吐いた。
「どうやら、正気に戻ったようだね。乱馬くん。」
乱馬はなんの事やらわからないままに、きょとんとしていた。
「あれっ、憶えてないの?あれだけ暴れておいてさ…。」
乱馬の様子に神前は少し意地悪に言ってみた。
「暴れるって…えっと、確か八宝斎のジジイに猫を投げつけられて…。んーと…あれえっ?」
乱馬は首を傾げた。彼は猫化している時の記憶はいつも、一切合切欠落してしまうのだ。
「あの、神前さん…。」
「はいっ?」
「オレさ、もしかして、猫化してました?」
乱馬は自信なさげに尋ねかけた。
「猫になるもならないも、大変だったよ。」
寒剤はわざと大袈裟に言ってみた。
「げえっ、やっぱり、猫化したんだ、俺。」
乱馬は呟くように言った。
「ホントに何にも憶えてないんだね。乱馬くん。」
いたずらっぽく神前は笑った。
「俺、猫化したら、訳がわかんなくなるんで…あの、もしかして、何かまずいことしでかしました?猫の俺…。」
乱馬はもじもじしながら問い掛けた。
その様子があまりにも可笑しいので、猫化していたときのことは不問に伏そうと思っていた神前だったが、ついつい、サド的心が芽生えてしまった。襲われた仕返しという訳ではなかったのだが、意地悪してみたい気分になっていた。小悪魔になっていたのである。
「随分だなあ…僕なんか、君に攻撃されて、死ぬかと思ったんだぜーっ。」
と、マズは思わせぶりに答えた。
「ええっ、攻撃って、なんでまた!?」
乱馬は思っていた以上に神前の言葉に反応していった。
神前のペースにまんまとはまってしまった。
「それはこっちが訊きたいなあっ。あかねちゃんを助け起こすのに、手を取っただけで、凄い勢いで飛びかかって来たんだよ。君は…。」
それを聞いて乱馬は絶句してしまった。
乱馬はバツが悪かった。猫化した時の記憶がごっそりと欠けているだけに、己が何をしたのかわからない怖さ。…現にあかねがらみのことで、神前を襲ったというのだ。心穏やかであろうはずがない!
「もしかして、神前さん、怪我なんかしてませんよね?猫化したら俺、狂暴になるらしいから…。」
乱馬は恐る恐る尋ねて見た。
「間一髪のところで、あかねちゃんに助けてもらって、僕は無事だったけど…僕をかばってくれた時、あかねちゃんが少し、右腕に引っ掻き傷をつくってたなあ…。」
「……。」
それを聞いて、乱馬は少しムッとした表情になった。神前はそれを見逃さなかった。
あかねが身を挺して、傷までつくって神前をかばったことが気に食わなかったらしい。
神前は、そんな乱馬の表情の変化がやけに可笑しく映っていた。そして、ついつい、もっとからかってみたくなった。
「あれえっ、乱馬くん、ひょっとして、僕にヤキモチ焼いているのかなあっ?」
じっと乱馬の目を覗き込みながら、神前はわざと大袈裟な口調で言ってみた。
乱馬は、そんな神前の言葉に、思わず視線を外した。心の中を見透かされるような気持ちになったからだ。
「ホラ、やっぱり、妬いてるな?」
神前はクスクスっと笑った。
完全に神前優位の体制になっていた。
このままとことんからかっちゃえと神前は思っていた。いつもの気の弱さなどすっかり何処かへ飛んでいたのだった。
「ち、違っ、俺、べべべつに、あかねのことなんか…。」
乱馬が言い掛けたのを遮って、
「乱馬くん、あかねちゃんの許婚なんだって?。」
神前は駄目押しの一発は、乱馬の耳に、これ以上何もないというほど、深く突き刺さっていった。
「えっ!?」
…何で、神前さんがそんなこと、知ってるんだ?
乱馬の動揺は物凄かった。もはや冷静さを全く欠いていた。すっっぽりと神前の術中にはまっていた。
ためらうような一瞬が乱馬の上を横切ったとたん、神前が一気に言った。
「なびきちゃんから訊いたんだよ。なるほどね…君達の喧嘩が犬も食わないってよっくわかったよ。喧嘩するほど仲が良いって。」
神前は勝ち誇ったように、にんまりと笑った。
「あ、あんにゃろー、余計な事言入やがってっ!でも、神前さん、言っとくけど、許婚ったって、親同士が勝手に決めた事で、形だけのもんだから…変な勘ぐりはやめてくれよっ。」
顔を真っ赤にして、乱馬は弁解に走り出した。
が、そんなことは一向にお構いなしに、優勢に立った神前の言葉のパンチは、もう一発乱馬の脳天に見事に貫通した。
「でも、乱馬くん、あかねちゃんのこと好きなんだろ?」
乱馬は黙ってしまった。顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「図星だったかな。」
「神前さん!」
「隠さなくっていいよっ。猫化した君を観察していたら、誰だってわかるさ。」
乱馬は神前に、それ以上の弁明も反論もしなかった。あかねが好きだという事は紛れもない事実だったし、下手に口を開けば、どんどん深みにはまっていきそうだったからだ。
「と、ところで、神前さん、あかねとなびきは?いねえのか?」
乱馬は話題を反らす作戦に出た。そうやって神前の矛先をかわそうとしたのだ。
「あの二人なら、格闘オケのマネージメントの打ち合わせがあるって出掛けちゃいましたよ。後で、練習場で落ち合えますから、心配ないですよ。」
「ああ、はあ、…そ、そうですか。」
乱馬は少しだけ安心した。この場にあかねとなびきがいないことがせめてもの救いだったからだ。自分の体たらくをあかね本人には見られたくなかったし、なびきに知られれば、また、なんだかんだと揺すられ、たかられるのは目に見えていた。
しかし、安堵したのもつかの間。神前の攻撃は、執拗にもまだ続けられたのだった。
二、
「あっ、そうそう、なびきちゃんがさあ、さっきこんな面白いものをくれたんだ。」
神前はにんまり笑って、去り際になびきが残していった写真をおもむろにリビングボードの上から取り出してきた。そして、乱馬の目の前にそのうちの二枚を並べてかざした。
「な、なんだっ?これっ。」
目の前に広げられた写真を覗くなり、みるみる乱馬の表情が変化していった。
神前は乱馬の動揺ぶりが可笑しくてたまらなかった。笑いたいのを堪えながら言った。
「そっ、さっきの猫騒動の時の決定的瞬間だよ。」
乱馬は神前の手から写真をむしり取った。そして、食い入るように写真を見比べた。
一枚は、桜の木の上で雄叫びを上げている猫化した己の姿。
一枚は、あかねの膝の上で身を捩じらせながら甘えている己の姿。
どちらも、まともに凝視出来ないほど「恥ずかしい」己の姿が見事に写し出されていた。
「ち、ちきしょーっ、なびきのヤロー、いつもいつも、変な写真とりやがってぇーっ。」
乱馬は写真を持ったまま、恥ずかしさと怒りで身体ごとわなわなと震えていた。
その様子を見ながら神前は実に愉しそうに続けた。
「乱馬くん、実は、もう一枚、とっておきの写真があるんだよ。」
乱馬はぎょっとした目で神前を見つめ返した。
…もっと、恥ずかしい写真かよーっ?
情けのないことに、猫化している時の記憶が欠落しているだけに、心当たりが無い怖さ。
どぎまぎしている乱馬を前にして、くすくす笑いながら、神前はもう一枚、写真を乱馬の前に追加した。
「!!」
乱馬は手渡された写真を見るや否や、今度そのまま凝固して動けなくなってしまった。
全身からカ―ッと熱く煮えたぎった血が一度に噴出してしていくのではないと思うくらい、頭のてっぺんからつま先まで、真っ赤に染め上がってゆく。
その写真には、あかねの膝に抱かれて幸せそうに眠る乱馬が写し出されていた。情けない自分の姿はともかく、それを見つめるあかねの表情…普段、何かと口喧嘩している時には決して見せない柔らかな微笑み…それに乱馬はすっかり心を奪われてしまったのだ。
…かわいい…。
暫らく我を忘れて、硬直したまま立ち尽くしてしまった。
「その写真、いいよね。気に入ったろっ?なびきちゃん、写真の腕も一流だな。」
すぐ傍で乱馬の顔を覗き込みながら、神前が声をかけた。
その声に我を取り戻した乱馬は、
「な、なびきのヤロー、こんな写真までえっ。」
と、照れ隠しにわざと野太い声を張り上げた。
実際のところ、毎度のことながら、なびきの撮る写真には、いつも悩まされる乱馬だった。
なびきは常日頃からインスタントカメラを持ち歩いていて、ここぞと言う時には密かにいろんなシーンを撮っているのだ。そして、からかい半分、手にした際どい写真を持って直接、売りつけに来る事がある。いや、むしろ、直接、乱馬の元に取引きに来るのはマシな方だろう。
下手をすると、女に変身した時に隠し撮られた恥ずかしい写真が、九能など、己の預かり知れないところで大量に売りさばかれていることがある。
「その写真、三枚セットで五千円でどう?」
唐突に神前が言ってのけた。
「は、はあっ?」
乱馬は我が耳を疑った。
「だから、五千円で売ってあげますよ。いい写真でしょう?」
神前は表情を変えず、なびきの口調でさらりと言ってみせた。
「ちょ、ちょっと。神前さんっ!」
思いもかけない神前の言葉に乱馬はあせった。
温和そうな神前に、「守銭奴・なびき」のどす黒い生霊でものりうつったのではないかと思った。
そんな乱馬の過剰反応ぶりが余りにも可笑しかったので、つい、神前はプッとその場でふきだしてしまった。
「なーんちゃって。冗談。冗談ですよ乱馬くんっ。」
神前はこみ上げてくる笑いを必死で堪えながら言った。
他人の狼狽ぶりはかくも楽しいものだったのかと、神前は思った。いつも、ムジカハウスの個性豊かな住人どもに、散々コケにされて狼狽振りを披露する気弱な神前にとって、立場の逆転はとても愉快だった。
「じょ、冗談って。」
乱馬はまだ立ち直っていなかった。
「だからね、乱馬くん、写真はタダでもれなく差し上げますよっ。ご安心なさい。」
神前はくすくす笑って言った。
乱馬は、ポカンと口を開け、目をパチクリさせて、二の句が継げなかった。
「やだなあ、乱馬くん。なびきちゃんじゃああるまいし…そんなことで金儲けなんか企んだりしませんよ、僕は。それに、僕が君達の写真を持っていたって何の役にも立ちませんから…気に入ったんでしょ?その三枚目の写真。」
神前は唖然としている乱馬に向かって言った。
確かに、こんな写真、神前が持っていたって仕方がないだろう。それに、もし、このまま、神前が持っていて、この家のもう一人の住人「川出」などにでも見られたら…。
川出のごつい顔が、一瞬、乱馬の脳裏をかすめていった。
そう、たとえ、男乱馬と面識のない川出でも、こんな猫化したお間抜けな己の姿、格好は見せたくは無かった。…それが乱馬のプライドというものだ。
それに、三枚目の写真の「とっておきのあかねの微笑み」は他の誰の目にも触れさせたくないと思った。…それくらい、気に入ってしまったのだ。
乱馬は少し戸惑ったものの、神前の申し出を受けて、有難く三枚とも頂戴することにした。
「神前さん。なびきには気をつけたほうがいいぜ。」
写真を大切そうに、楽器ケースの中の換え弦袋の下にしまい込みながら、乱馬は神前にしみじみ言った。
「なびきの奴、こうやって、人の弱みにつけ込んですぐに金儲けしようと企みやがるんだ。」
神前それには何も答えなかった。というのも、既になびきに幾らかお金を巻き上げられていたからだ。
「俺なんかさあ、いつも、こーんな風にさ、恥ずかしいとこ撮られたりするんだよ。」
乱馬は溜息を吐いた。
「は、恥ずかしいとこねえ。」
「あいつさあ、最近、なんか、近所の小学生だまくらかして、その子の作ったキャラクターグッズの商品化に一役かうなんて言ってさあ、通販始めようとしてるんだぜ。」
「つ、通販?」
「ああ。もともと、その通販ルートって、オレの女の時の恥ずかしい写真のグッズを全国展開する事から始まったんだぜ。ひでえ、話だよ。」
「は、恥ずかしい写真?」
思わず神前は声を上げた。あられもない姿の女体らんまを想像してしまったのだ。
「あーっ。何だよ。変なこと考えんなよなっ。18禁のグッズじゃあねえぞっ。」
「い、いやあ、ごめん。恥ずかしいなんて言うからつい、妄想が…。」
神前は顔を赤らめてうつむいた。そして、
「で、でも、小学生の考えたキャラクターグッズなら健全じゃない。」
と取り繕って言葉をそらせた。
「健全っていってもなあ…小学生の女の子が考えたキャラクターを全国通販するんだぜ。えーっと、なんてったっけなあ…埴輪と埴輪の馬でさあ…はに、はに、はに、…はに馬じゃあなくって…ーっと。あっと、そうだっ、「はにぱか」だっ。」
「はにぱかぁっ?」
「そ、そう、その「ぱかっ」。結構マヌケでいいキャラクターなんだよ、これが。だけどよ、作者が小学生だろ?いいようにあしらってさ、儲けは殆どなびきが吸い上げるんだぜ、きっとよー。」
「ふーん。」
「まあ、なんだ、とにかくなびきには気をつけたほうがいいぜっ。うかうかしてたら、神前さんだって盗撮されて、自分の知らないところで物凄い事になり兼ねねーんだから…。」
「そ、それは困りますねえ。」
「あん?神前さん、盗撮されたらヤバイことでも沢山あんのか?」
「ありませんよ…。そんな後ろめたい事…。」
神前は苦笑しながら答えた。
「でも、なびきには気をつけた方がいいぜ。あいつの頭の中は「金儲け」のことしかねえし…。神前さんだっていいカモにされるぜ…。人が好さそうだし…。」
確かにそうだ。彼女の人並みはずれた嗅覚は物凄い。ゆすり、脅し、たかりにせいぜい気をつけなければならないだろう。
神前は、溜息を一つ、吐いた。
と、その時だった。
ドバシャー―ンっ!!
神前の頭の上から、大量のお湯がこぼれ落ちてきた。
「!!!!?」
あまりに唐突にお湯が降ってきたものだから、神前はずぶ濡れになって全身から湯気を立てながら、目をパチクリさせていた。
「アー―ッ。エロじじぃ。て、てめーっ、なにしやがんでいっ。」
乱馬は神前の頭上に、やかんを抱えた八宝斎を発見して叫んだ。
八宝斎は、湯気の中の神前にお何の変化も起きない(女に変身しない)のを知ると、
「ちぇーっ。つまら―――んっ。」
と捨て台詞を吐いた。
「やいっ、じじぃ。何のつもりでいっ。」
乱馬は逃げ出す八宝斎に追いすがった。
「湯をかけると、女になるかと思うたのに…。男のままだなんて。」
八宝斎は乱馬の追撃をひょいっと、身軽にかわすと、何処から取り出したのか、もう一つバケツを手に持った。そして、今度は、乱馬の頭上から、その中身をぶちまけた。
「ちっ、ちめてえーっ。」
悲鳴と同時に、乱馬は例の如く、女に変身していた。
「やっぱりこうでなくっちゃのう、らんまチャ――ン。おっぱい元気だったかなあっ?」
そう言って、八宝斎はらんまの胸に抱きついて来た。
「ひエー―ッ。や、やめろォーっ。」
本能的にらんまは八宝斎をぶっ飛ばしていた。
「またなあ――っ。らんまチャ――ン。」
八宝斎はぶっ飛びながらそう言い残して消えて行った。
「ちっきしょーっ。じじぃめっ。びしょ濡れになっちまっただろーがっ。」
ボトボトになった、身体を見つめて、らんまは怒りを顕わにしていた。
神前はまだ、事態の把握が出来ず、これまたずぶ濡れのまま、床にへたり込んでいた。
「大丈夫かぁー?神前さん。」
「あ、は、はいっ。」
らんまに声を掛けられて、神前は小さく返事をした。
…あのじいさん、何を考えているのだろうか…
神前はすっかり困惑してしまった。
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