15
浮き上がった月読は銀色の髪を靡かせて俺の方を見据えた。
その口元には不気味な笑みが零れ落ちる。
俺の全身から汗が滲み出してくるのがわかった。月読の気は尋常ではなかった。圧倒されて逃げ出したくなるような逆巻く闘気だった。
・・・負けるものか!!・・・
俺は無我夢中でその妖艶な闘気を跳ね返す。
「なかなかおやりになられるみたいですね・・・。流石にあかねさんが想いを繋ぎとめるだけのことはあります・・・。でも、それは所詮、人間界でのこと。この天界の力にはなす術が無いでしょう・・・くくくく・・・。」
月読は嘲笑しながら俺を見下ろしている。
「うるせえ・・・能書きはそのくらいにしてかかって来い!それとも怖気(おじけ)づいたのか?」
満身に闘気を漲(みなぎ)らせて俺は啖呵(たんか)を切った。
「身のほどを知りなさい・・・たかが人間よ・・・。」
月読は脇から持ち出した扇子を広げて、さあっと右手を前に突き出した。
ごオオオオオオォォォォォォッ!!
一陣の旋風(つむじかぜ)があたりを巻き上げた。
砂塵(さじん)を巻き上げ、地面から抉(えぐ)り取られるような勢いだった。傍で力尽きて倒れ込んでいた仲間たちを舞い上がらせる。
俺のおさげ髪も一緒に舞い上がった。
「ちくしょう!また妖術か!!」
俺は立ち向かってくる風を堪えるために手を前に出し、足に力を入れた。
「妖術などという下賎(げせん)なものではない・・・これは神人の力・・・。」
耳元で声が響いたのと同時に見えない力が俺の体を掬(すく)い上げた。
・・・しまったっ!
そう思ったときは既に、俺も宙へと舞上がっていた。
目の前に九能が横たわりながら巻き上げれられているのが見えた。
俺は咄嗟に九能の方へ体を倒し、彼の方へとわざと流された。
・・・わりぃな、先輩・・・
そう心で呟いて、俺は思い切り九能の無防備な背中を右足で蹴った。そうして勢いをつけ、その反動で月読の方へ向かって体ごとぶつかって行った。
ばしっ!!
俺の渾身の右拳が月読の頬を掠(かす)めた。
はらり・・・
月読の扇子が宙を舞ってこぼれた。
俺はそのまま、地面に着地した。
月読は物凄い形相で俺を宙から見下ろしている。その頬が微かだが切れて血が滲み出していた。
「おのれ・・・よくもこの私に傷を・・・。」
「へへん・・・良く避けたなあ。今度ははずさねえ。」
俺は再び全身の闘気を奮い立たせた。
逆巻く月読の気はさらに激しさを増した。
「たかが、人間にこの私の本当の力の片鱗を出すまでもないと思っていたが・・・乱馬さん。さすがにあかねさんが一目置いた男子だけのことはありますね。小賢しい小細工のせいであなたを贄(にえ)にしなければならないようだし・・・」
乱れ掛けていた月読は再び冷静さを取り戻していた。
「それに免じて、今日はこの位にしておいてあげましょう・・・いずれあなたとは天界でまみえることになるでしょう。」
「なに寝ぼけてやがるっ!まだまだ勝負は始まったところだぜ!!」
俺が吼えると、月読はまた口元で笑った。
「そう、死に急ぐこともありますまい・・・。いずれ、太陽の巫女の御前にて・・・せいぜいそれまでに、もっと鍛え上げて私を楽しませてくださいよ・・・あははははは・・・。」
月読はそう言い終わると闇へ消えた。
「待ちやがれっ!!」
俺は地面に仁王立ちになったまま、天を仰いだ。
ごごごごごごごごご・・・・
次の瞬間、突き上げられるような地響きが沸きあがった。
ずごごごごごごご・・・・
地響きは次第に大きくなって大地を揺るがした。
俺は、そこに、あかねを匿った道場が地面ごとえぐられて浮き上がる信じられない光景を見た。
「あかねさんは私がいただいてまいりますよ・・・。いずれまた・・・。ごきげんよう、乱馬さん・・・。」
闇世の中から月読の声が響き渡った。
「て、てめえっ!卑怯だぞーっ!!降りてきて真っ向から勝負しろっ!!」
俺は地面を蹴って道場の屋根へとしがみ付こうとしたが、見えない力に遮られて敢え無く落下を余儀なくされた。
天を見上げると、道場が月に照らされて悠々と天空へ舞い上がるのが見えた。
「ちくしょうっ!ちくしょうっ!!あかねーっ!!」
俺の絶唱は虚しく闇夜にこだまするだけだった。
突然の出来事に、なす術も無く、俺は地面に平伏してうな垂れながら土の欠片を握り締めた。
16
それからどのくらいの時間が流れたのだろう・・・。
気がつくと、天道家の庭先に俺は倒れていた。
「大丈夫?乱馬くん。」
かすみさんが心配そうに覗き込んでいた。
「あ・・・かすみさん・・・。みんなは・・・。」
俺は我に返り、共に闘いを挑んだ仲間を顧みた。
「あそこに・・・。」
見事に道場ごと消えてなくなった天道家の敷地に、うっちゃん、シャンプー、ムース、コロン婆さん、八宝斎、九能兄妹、東風先生が倒れ伏していた。
「み、みんな・・・。」
倒れてはいるものの。みんな息はあるようだった。
安心して、力無く立ちあがると、
「乱馬、あかねさんを道場ごと盗られたようだな・・・。薄れた意識の下から一部始終を見ていたぜ・・・。」
良牙が後ろから声を掛けてきた。
それには答えないで俯いていると、
「相手が悪すぎたな・・・出直そう・・・。」
良牙は放心した俺の肩にポンと手を当てた。
「乱馬くん・・・道場ごと盗られたってことは・・・なびきやお父さんたちは?」
かすみさんが疑問を投げかけた。
「あ・・・。」
俺は道場の中にいたのがあかねだけではなく、なびきと早雲のおじさんとオヤジも一緒だったことをそこで思い出した。
「おじさんたちも天界へ一緒に吸い上げられたってことか・・・。」
良牙は腕を組んでいた。
ク―――ン
そこへ、迷い込んでいた白い犬が体を摺り寄せてきた。
「お、おい。こんな非常時におまえ、なんだよ。」
俺は立ちあがりながら犬を見詰めた。
「月読の奴ら、随分大胆な行動に出ましたね・・・・。」
そのとき、俺たちの背後で、聞き慣れない声がした。
「だれだ?」
俺は思わず構えながら後ろを振り返った。
見慣れない亜麻色の長髪野郎が、道場の脇に生えている大きな松の木の上に、ちょこんと腰掛けていた。
俺の脇に立っていた白い犬が懐かしそうに尾を振りながら、松の木の傍に駆け寄
った。
男は枝先からトンッと地面に飛び降りた。
「申し遅れました・・・私は天界の住人、建彦(タケヒコ)と申すものです。」
枝先から降りて来た男は案外小柄な少年だった。年の頃なら、俺たちと同じ位か少し若いかもしれない。
天界の住人と聞いて良牙が構えた。
「何の用だ?」
俺は良牙を右手で制しながら建彦に問い掛けた。
「月読の動向が気になって、天界から舞い降りてきました。やはり、月読はあかねさんをさらっていったようですね・・・。それにしても酷い手筈だ・・・道場ごと連れ去るとは・・・」
建彦は辺りを見回して感心していた。
「仕方ないよ、建彦・・・あかねさんは太陽の指輪をはめていたから・・・。」
傍らにいた犬が突然口を利いた。
「な、なんだ?」
「い、犬が喋った?」
「あらあら。」
俺も良牙もかすみさんも驚いて白い犬を見詰めなおした。
「もう、いいよ。月の気配は消えたから月読に気(け)取られる心配も無いから変化を解いても・・・道彦(ミチヒコ)。」
建彦が声を掛けると、犬の体から煙が立ち昇り中から人間の男が現れた。
「ふうっ!やっぱり人間の体の方がいいや。」
俺たちがあっけに取られていると、
「ごめんなさい・・・俺、道彦って言います。建彦と同じ天界の人間です。」
「まあ、あなたは人間だったの?乱馬くんたちみたいに変身できるのね。」
かすみさんも慣れたもので、大概のことでは驚かなくなっているらしい。
「話せば長いことながら・・・。」
建彦と名乗った男は自分達の身の上と天界の事情について話し始めた。
それによると、コロン婆さんと八宝斎が懸念していたとおり、天界のバランスが崩れ掛けているらしい。俺たちの住む地上界と別にある天界は大きくわけて2つあるらしい。簡単に言えば月が支配する常世の国と太陽が支配する高天原の国。陰と陽の織り成す世界なのだそうだ。
今、高天原を治めていた女神、「天照(あまてらす)」が何処かへ遁世して、天界のバランスが崩れかかっている。
その機に乗じてかねてから「高天原」に邪念を抱いていた月読たち常世の国の者たちが、天界の二つの国を統一しようと企てているという。
「だから、彼らは天照さまに代わる太陽の巫女を求めていたんです。それで、地上へ降りてきて・・・。」
建彦はトウトウと天界の事情を話し続けた。
「それで、その巫女にあかねを選んだってワケなんだな?」
俺が聴くと、
「端的に言えばそういうことですね。月読としてはあかねさんを太陽の巫女に据えて婚姻を結び、天界を我が物にしようとたくらんでいるという訳です。」
「ふてえ野郎だ・・・その月読って奴はよ・・・。」
「じゃあ、今頃あかねは、月読さんとやらと祝言・・・なんてことには・・・。」
かすみさんがおろおろし始めた。当然、さらわれた妹のことが気になるのだろう。
「それは大丈夫です。あかねさんは太陽の指輪をはめておられますから・・・。」
白い犬から変化(へんげ)した道彦が不安に答えた。
「太陽の指輪って?」
かすみさんが問い掛けると
「乱馬さんが渡したエンゲージリングですよ・・・。」
「あらまあ、いつの間に・・・乱馬くんったら。」
かすみさんはおっとりと笑った。
「て、てめえ、俺とあかねのやりとりの一部始終見てやがったのかっ!!」
俺は赤面して道彦に食って掛った。
「あはは、悪いとは思ったんですが・・・つい、しっかり見ちゃいました。」
道彦は胸倉を掴まれながら笑って俺を見返した。
「太陽の指輪は、もとは天界の宝物の一つで、いつしか下界へ流れたものです。まさか、いい塩梅(あんばい)に乱馬さんが持っているとは思いませんでしたけどね・・・。」
道彦は続けた。
「そうか、それで月読のやつ、道場ごとあかねさんを巻き上げたってワケか。」
建彦は頬に手を当てながら微笑んだ。
「だから、月読はあかねさんに指一本触れられない・・・。人間を一人「贄(にえ)にして指輪の封印を解かない限り・・・。」
「贄って何だ?月読の野郎もをんなこと口走ってたけど・・・。」
俺が訊き返すと、
「生贄(いけにえ)のことですよ。生血を太陽の巫女に浴びせ掛けるんです。皆既月食の日に・・・。」
「まあ、怖い・・・。」
かすみさんが心細そうに言った。
「おもしれえ・・・。もう一回あいつと遣り合えるってワケか。」
俺は声を絞り出して言い放った。俺を生贄にしないと指輪の封印が解けないとなれば、月読も俺と決着をつけなければ先へ進めないという訳だ。
「あかねさんは天界へ連れ去られたし・・・。どうです、乱馬さん、私たちと天界へ来ませんか?天界で力を得れば、あるいは月読と渡り合える力をあなたなら得られるかもしれません。 私たちも、天照さまを探すために力が必要なんです。」
建彦は願ってもないことを言い出した。
「なら、俺も行きたい・・・。」
良牙が言った。
「ああ、一人でも力が欲しいからな。」
俺は賛同した。他の連中はともかく、良牙は役にたつだろう・・・そう踏んだのだ。方向音痴という欠点を我慢すればのことではあったが。
「ちょうど、勾玉も2つ、乱馬さんが持っていらっしゃるから・・・。」
道彦が傍らから話し掛けた。
「勾玉・・・か。2つもあるのか・・・。それは賢明だ。」
建彦が言う。
「勾玉?これのことか?」
俺は拾った二つの勾玉を懐から取り出した。
「それです。赤と白。それがないと天界へは登れません。」
建彦が言った。
そこへ九能先輩が突然脇から現れた。
「あかねくんを救うのは俺だーっ!!」
勾玉を奪い取ろうとしたが、勾玉から光りが上がり、九能を跳ね返した。
「・・・・・!!」
俺は勾玉の力をみて驚いた。
「愚か者!、勾玉は持ち主を選ぶんだ!」
道彦が叫んだ。
「良牙さんは大丈夫かな・・・持ってみてください。」
建彦が差し出すと良牙がおそるおそる勾玉に触れた。
赤い方は良牙を跳ね除けようと光りを放ったが、白い方は平気だった。
「では、それは良牙さんがお持ち下さい。」
建彦が言った。
不思議なことだが、何故、俺は2つとも勾玉をもてたのだろうか・・・。
後で謎が判明するのだが、今の俺にはその疑問が解けなかった。
俺と良牙は建彦と道彦の案内で、あかねを助けるために、天界へ登ってゆくことになった。
いつのまにか、夜は明けて辺りは白み始めた。
傍らでのびている連中が目覚めたら、また「ややこしいこと」になりそうなので、俺たちはそのまま天界へ向かって旅立つことにした。
「いいですか、心で念じてください・・・そうすれば自然に浮き上がります。」
建彦が俺たちに言い含めた。
俺と良牙は言われた通りに念じてみた。
ふわっ・・・
勾玉の力は常人を超えていて、俺たちの身体を簡単に宙へと舞い上がらせた。身体がひとりでに宙へと浮き上がった。今まで経験したことのないような不思議な感覚だった。そして、天界へと俺たちを導く。
いつの間に出てきたのか、オフクロが心配そうに俺たちを見上げていた。
「乱馬、きっとあかねちゃんや父親を救って帰ってくるんですよ・・・あなたなら大丈夫。」
オフクロはそう言っているようだった。
・・・ああ、きっと、あかねは俺が・・・あいつは俺の大切な伴侶だから・・・絶対一緒に戻ってくる。
心で答えて、俺は見送るかすみさんとオフクロを下界に振り返った。
空の向こうには輝く朝の太陽が昇り始めていた。
第1章 了
やっと第1章が終わりました。
これから、いよいよ乱馬と良牙の壮大な冒険譚(ぼうけんたん)がはじまります♪
私自身の昔のオリジナル作品(20年以上前に作っていたもの)のプロットから書き起していますので、ちょっとらんま的作品とは雰囲気が違ったものになるかしれません。もともと違ったオリジナルのキャラクターで動いていた作品なので・・・
最後までいつのなったら辿りつくのか全く不透明なのですが、気長にお付き合いください。