11
月明かりは不気味に辺りを照らしつける。
梅雨空の薄い雲の中に垣間見える、蒼白に彩られた満月。
俺たちは夕闇が迫る、その少しくらい前から、天道家に集った。あかねを守る防人(さきもり)の如く体制を整えながら、その時を待ち構える。
あかねは落ちつかないらしく、少し早めに摂った夕食の後、P助と部屋へ篭ってしまった。
俺はなびきに促がされて、しぶしぶあかねの部屋へ入る。モチロン、女のままで。
Pは何食わぬ顔であかねの膝の上に乗っていた。
「不安なのかよ・・・?」
俺は男言葉であかねに話し掛ける。
「乱子ちゃん・・・。うん・・・。ちょっとね。これから私、どうなるのかなあ・・・なんて考えると。」
あかねは虚ろげにPの背中を撫でながら答える。
「どうにもならねえさ・・・。皆に任せとけって。でも・・・。」
「でも?」
「己を守るのは、最後には己自身なんだぜ。記憶をなくしたといっても、おめえは仮にしも武道家の端くれなんだ。それだけは忘れるなよ・・・。」
俺はあかねの肩をポンと叩いた。
「なんか、乱子ちゃん、乱馬さんに似てるのね・・・。」
あかねは力無く笑いながら話し掛けてくる。
・・・当たりめえだ。乱馬は俺の本来の姿なんだから・・・
あかねの笑顔に翻弄されながら俺は心でそう答えていた。
あかねに「乱馬さん」などと敬称付きで呼ばれると首筋の辺りがくすぐったくなる。
「まあ、彼はおめえのこと、必死で守るんだろうけどよ・・・。」
俺は赤くなるのを堪えながらポッソリと言ってやる。
Pが白々しい目をして、あかねの膝の上から俺を眺めていやがった。
「さあ、道場へ来いよ。おじさんが呼んでた。」
俺はあかねを促がして、二階から連れ出して道場へと導いた。
道場へあかねを退避させておくのが、一番守り易いだろうと、コロン婆さんの意見を取り入れた。道場の中へあかねを守り置き、その周りを俺たちが囲んで近ずく危機へ立ち向かう手筈になっていたのだ。
道場の中には早雲おじさんと親父ががっちりと固めることになっていた。
「あかねや、なあに、心配はない。我々に任せて、おまえは大船に乗った気でいなさい。」
父親らしい言葉遣いで、おじさんはあかねを安心させようとしていた。
「うだうだ考えていたってしょうがねえ・・・。なるようにしかならないさ。」
俺も、自分自身に言い聞かせるようにあかねに向かって話し掛けていた。
『そうだ!乱馬。良いことを言うな・・・』
親父の野郎が看板を付き立てる。
「おじさま、乱馬って?」
あかねが不思議そうに看板を眺める。そして辺りを見回す。大方、「乱馬さん」を探しているのだろう。
「俺は乱子だ、この野郎!」
俺は思わず、親父の頭上から拳骨を食らわせていた。
「大丈夫、乱馬くんもしっかりお前を守ってくれるさ。」
早雲のおじさんは優しく娘を諭していた。
「そうね・・・きっと。」
あかねは昨日俺がはめてやった指輪をさすりながら笑った。
『お前、いつの間にアンなものをあかねくんに』
親父は意味ありげに俺の方へこっそりと小さく書かれた看板を突き出してくる。
「うっせえんだよ。てめえには関係ぇねえだろ。」
俺は親父の反撃に口篭もる。
「乱馬くん、その気になってくれたか・・・。」
早雲おじさんまで、そんなことを言い出していた。
『ヒューヒュー』
親父は三白眼でからかいを入れる。
「あかね、良かったわね。無事に切り抜けられたら祝言ってとこかしらね。」
なびきがニヤニヤしながら覗き込む。
「ベ、別に、そう言うつもりで渡した訳じゃあ・・・。」
俺はあかねに聞えないように反論した。
「じゃあ、なんなのよ。あれ。わざわざ左の薬指にはめてあるわね。」
なびきはからかい足らないというような表情で意味深に責めてくる。
『世間では婚約指輪というのでは・・・。』
親父も絶妙にからかいの合いの手を看板で入れてくる。
「乱馬くんありがとうよ。うんうん。」
早雲おじさんまでむせび泣きながら俺に語り掛けてくる有様だった。
「ねえ、乱子ちゃんは乱馬さんじゃあないわよ?」
俺たちの様子を不思議そうにあかねは問いただす。
あかねにしたら、何故、皆が指輪のことを乱子の俺にとやかく言うのか不思議でたまらないのだろう。乱子と乱馬が同一人物とは思っていない彼女だったから。
照れと焦りで、これ以上、この場にいるのが耐えられなくなった俺は、
「じゃあ、俺は外で守ってやるからよ・・・。」
そう言って、逃げ出した。
「乱馬くんに許婚を守るように伝えておきなさいね♪ら・ん・子・ちゃん♪」
なびきの言葉が意味ありげに背中越しに響き渡る。
・・・たくー。あいつらときたら・・・
道場の扉を締めながら俺は軽く舌打ちをした。
12
「そうだ、許婚をしっかり守れよ。」
出口でお湯を浴びせられた。俺の身体は伸び、男へと変身を遂げる。
良牙だった。彼もまた、Pから人間の良牙へと戻っていた。
「うるせえ、おまえまでからかう気かよ。」
明かに俺は不機嫌だった。
「あかねさんにとって男のおまえはかけがえのない存在なんだ。もっと自覚しろ!」
「昨日からなんなんだよ・・・良牙。」
やけに絡んでくるので俺は良牙に訊き返してやった。
「昨日も言ったが、あかねさんの記憶は無意識におまえを呼び起こそうと必死なんだよ。おまえは知らねえだろうがよ。」
良牙は腕組しながら道場の引戸に佇む。
「・・・・・・。何が言いたいんだ?」
「俺がPちゃんとしてあかねさんの傍にいる夜中、あかねさんは夢の中で素に戻っているんだよ。」
「言ってるとことがわからんが・・・。」
「だから、潜在意識の下では、きっちりおまえのことを覚えているってことだ。それも決まって助けを求めている・・・。へっ!他の奴の名前なんかこれっぽっちも口にしないぜ・・・。たく・・・おまえは果報者だよ。」
「・・・・・・。」
「とにかく、誰かが無理矢理、あかねさんの意識を封じ込めている。それを助けられるのは、おまえしかいねえってことだよ。ちゃんと覚えとけ。」
「・・・・・・。」
俺は黙って良牙の弁に耳を傾けていた。
確か、こいつは昨晩もそんなことを口走っていたっけな。
「多分、月読っていう野郎の陰謀なんだろうけどよ・・・あかねさんの記憶喪失は。それだけじゃあねえさ。昨夜は幸せそうに眠っていたぜ・・・。見ていてこっちまで嬉しくなるような笑顔してさ。ちきしょー、こんなオカマ野郎のどこがいいっていうんだか・・・。」
良牙は俺を一瞥した。
「俺はオカマ野郎じゃあねえぞ。豚野郎・・・。」
俺は心を見透かされるのが嫌でつい悪態を言ってしまった。
「何とでも言え。とにかくちゃんと守りきって、しっかり自分の物にするんだな。月読っていう野郎にあかねさんを持って行かれたらこの俺がタダじゃあ済ませねえからな。」
「ああ・・・。わかってる。」
俺は良牙の呟きに対して、変に素直になっていた。
ここまで来れば、ウジウジ悩んでいても仕方があるまい。「あかねを守り抜くこと」。それが俺の使命だったから。
そこへコロン婆さんと八宝斎が現れた。
手には何やら怪しげな短冊のような物を携えていた。
「ほれ、婿殿。これを道場の周りにはっておかれるといいじゃろう。」
コロン婆さんがそれを差し出した。
「なんだこれ?」
それを見て、俺は問い質した。見ると、墨で何やらワケの分らない読めない漢字の変形のような文字みたいなものが書き込まれていた。
「中国三千年の歴史が伝える魔除けの護符じゃ。」
「護符?」
「そうじゃ・・・まあ、気休め程度にしかならんだろうがのう・・・。相手が闇の世界の人間じゃ。これで低級な悪霊くらいは払えるじゃろうて。」
「こんなもので、大丈夫なのかよ。」
良牙も半信半疑にコロン婆さんを伺う。
「ないよりマシじゃわい。ありがたく貼っておけ。」
八宝斎が横から言い放った。普段不真面目なこの爺いすら、今日は神妙な様子だった。
俺たちは促がされるままに、道場のあらゆる窓や格子に札を貼りつけて廻った。
「余ったら持っておけ。何ぞの役にはたつじゃろうて。」
コロン婆さんは俺と良牙にそう言って、何枚か懐に忍ばせさせた。
夕闇が辺りに迫る頃、ぞろぞろと天道道場の周りに警護の人々が現れ始めた。
九能先輩は剣道着にタスキ、白鉢巻に木刀という井出達。妹の小太刀までが何を考えているのか、格闘新体操のレオタード姿でリボンをひらつかせながら入って来た。
シャンプーは女傑族の闘いの正装だという胴着に先っぽが丸(まあ)るい武器を携えていた。ムースはだぶだぶの式服。きっとその中にはいつもの何倍もの暗器を忍ばせているのだろう。
「助けに来てやったで〜乱ちゃん。」
そう言いながらうっちゃん(久遠寺右京)まで助っ人に来た。お好み焼きの特大ゴテを背に、紅つばさと小夏を伴って入って来た。
東風先生は落ちついた風体で現れた。かすみさんがいては東風先生はまるで使い物にはならないので、かすみさんはナンだカンだと理由を付けられ、お台所にオフクロと隔離されていた。
そして、コロン婆さんと八宝斎と良牙と俺。
外は12人、中は早雲おじさんと親父となびきの3人。
これだけの人数が一同に揃って、闘いの時を待つのは滅多にないことだった。
「まるで、あかねちゃん、かぐや姫みたいやなあ・・・。」
そんな物々しい様子を見て、うっちゃんがポロッと口にした。
月から使者が現れて、かぐや姫は天へと帰っていった。でも、あかねは・・・。あかねは地上の人間で他界から来た訳ではない。
まんじりともしないで、俺は夜空を見詰めて、あかねをさらいにやって来ると言うふざけた野郎の出現を待った。
13
いったいどのくらいの時が俺たちの上を通り過ぎたのだろうか。
雲間の月が真南の空にさしかかった頃、薄っすらと靄(もや)がかかり始めた。
生暖かい空気が鼻先を流れて行き、否応無しに不快感を身体中に感じた。
「来るぞっ!」
コロン婆さんの囁くような叫びが靄の向こうから響き渡った。
靄はだんだん辺り一面に充満し始めていた。俺もすぐ横にいた良牙も手に汗を握りながら「奴」の出現を待った。
薄い煙が地面から次から次へと沸き立ち始める。そして、その煙の中から朦朧(もうろう)とした怪気が漂い始める。
何かに足元を掴まれたよう気がした。
「!!」
地面の中から1メートルくらいの人型をした煙のような魑魅魍魎(ちみもうりょう)が現れ始めた。
「うわっ!なんだ?こいつ等!」
良牙も同じように足を掴まれたらしく、すぐ隣で足をバタバタさせていた。
俺はすぐさま後ろに飛び退き、なぎ払うように拳をそいつに向かって振り上げた。
ピシュッ!
空を切る音がこだまする。
煙の人型は一瞬、散ったが、実態がないのだろう。すぐさま同じように沸き上がる。
あちこちで同じような人型が沸きあがっているのだろう。小太刀の甲高い声や九能のやたら威勢の良い掛け声が闇に響き渡る。
「ちぇっ!こいつらキリがないぜ。」
良牙は奴等に蹴りや拳をお見舞いしながら吐き捨てる。
「護符を使えっ!!」
コロン婆さんが何処かで叫んだ。
俺たちはさっきコロン婆さんが配った護符をそいつ等目掛けて差し出した。
グオオォォーーー
ガオオォォーーー
叫びともつかぬ音を上げながら、人型たちは地を這い煙を散らすように消滅し始める。
「へっ!ザマアミロ!」
良牙が叫んだ。
「良牙、危ねえっ!後ろっ!」
俺は良牙にそう言うと、彼の後ろに差し迫っていた青い巨大な影に向かって気砲を撃った。
青い影は一瞬のた打ったが、軽い気砲だけでは効かなかったらしく、俺と良牙に向かって突進してきた。
「げえっ。今度は巨大蛇かよっ!」
良牙は突進してきた敵の正体を見定めると、体制を立て直し、爆砕点穴で地面を叩いた。
地面が盛り上がり、蛇に向かって砂塵が飛び散る。俺はそれを避けながら、周りを見回して俄然とした。
今、闘っているはずの天道家がそれごと闇夜の中に浮かんでいるではないか。
そう、何処を見回しても、近所の家並は影も形もなく、他だ広い虚無の平原の中に「天道家」の建物だけが浮かび上がっているのだ。
それだけではない。周りは敵と思われる、巨大な蛇、蛙、蜥蜴(とかげ)、蜘蛛といった見るからにオドロオドロしい生き物たちが天道家の助っ人達に向かって攻撃を加えていた。
「乱馬っ!気を抜くなっ!!」
今度は良牙が俺に向かって気炎を上げた。
バシュッ!
良牙の気砲に後ろで物が倒れる音がした。2メートルもあろうかという芋虫だった。攻撃されて沈んだその巨大芋虫はシューッと音を立てると、みるみる縮んで元の大きさに戻って果てた。
「どうなってんだ?」
良牙の問い掛けに俺は答えた。
「さあ、俺もわからねえ・・・。まやかしかもしれねえけどよ。」
流れる汗を拭いながら、俺と良牙は背を向けて立った。
道場の方へ目をやると、怪物達が屋根や格子に寄りかかっていたが、婆さんの護符が効いているようで、それ以上の侵入は出来ないでいるようだった。一先ず、ホッとしたものの、迫り狂う魑魅魍魎や怪物達の攻撃に辟易しながら立ち向かわざるを得ない俺たちだった。
「クッソー。月読の野郎め。きっと俺たちをヘトヘトに疲れさせるっていう算段だな。」
息を切らせながら囁く良牙に、
「上等じゃねえかっ!満月さえ切り抜ければ何とかなるんだ。一晩中、闘い抜いてやるぜっ!」
俺はそう、気概を吐いた。
14
一体全体、どのくらいの魑魅魍魎達を叩きのめしたのだろう。
雲間の満月は俺たちをあざ笑うかのように、頭上から照らしつけ、蒼白い姿を晒していた。
闘い続ける俺たちもさすがに息が上がりはじめていた。
魑魅魍魎達の動きが少し鈍り始めた。沸き立つ魍魎の数も少しばかり減り始めたように思えた。こうなれば、根競べである。
「大丈夫か?皆・・・。」
俺は辺りにいる皆に声をかけた。
「大丈夫だ!屁とも思わんわっ!」九能の声だ。
「まだまだですわっ!」小太刀。
「乱ちゃんこそ気ィ抜いたらあかんで。」と、うっちゃん。
「葉隠れ流は健在よ。突撃ーっ!!」と、紅つばさ。
「右京さま、お助けいたしますわ。」小夏。
「女傑族は負けないね。」シャンプー。
「シャンプー、オラに任せるだ。」ムース。
「あっかねちゃんのためならワシだってがんばるぞぃ。」八宝斎。
「キリがありませんね・・・。」東風先生。
「歳は取りたくないのう。」婆さん。
気力だけは、充満している仲間達だ。今日ばかりは頼もしく思えた俺だった。
いつしか辺りから魑魅魍魎や怪物達の気配が立ち消えていた。
俺は何故だか身震いし始めた。
・・・奴が、来る!!・・・
その妖艶な気は、天道道場の周りを掬い上げてしまうのではないかと思わんばかりに重く、俺たちにのしかかってくるのを感じた。
月明かりはますます煌煌と燃え盛り、俺たちを照らしつける。
「うっ!!」
あちこちから締めつけられるような悲鳴にならない声が洩れ聞こえ始めた。
俺も、身体に違和感を感じのけぞった。
「!!!」
その「怪気」は俺たち12人を同時に締めつけ始めたのだ。
重くのしかかる「気炎」は俺たちをそのまま地面に縛り付けた。
・・・か、身体が動かない・・・か、金縛りか?・・・
身体ばかりではなく、声すら発することが叶わなかった。
じりじりと締めつけてくる激しい気は全ての動きを止めてしまった。油汗が額からだらだらと流れ落ちる。
最初に倒れたのはうっちゃんだった。
張り詰めた糸が切れたように地面へと投げ出され、前のめりに沈み込んだ。
それを皮切りに、助っ人達はバタバタと地面へ投げ出されて行く。
息すら自由にするのが叶わないような重苦しさに、一人、また、一人、地面に突っ伏す
最後まで堪えていた隣の良牙も、無言のまま沈んだ。
俺もだんだん意識が遠のくのを感じていたが、ここで沈めば奴の思う壺だ・・・。
・・・あかねを守るのは俺だっ!ここで無様に倒れる訳にはいかねえっ!!・・・
そう思って歯を食いしばった。
ポゥッ
すると、懐の奥深く・・・この前拾った「勾玉」のその辺りから気力が漲り始める。
それに反応するかのように身体の奥から力が湧き上がってきた。
「ウオ―――ッ!!」
俺は沸き立つ力を振り絞って、気合を篭めた。
見えない糸が身体に纏わりついているのが、見え始めた。
俺は全身の力を勾玉あたりの気に集中させた。そして、貯め込んだ気を一気に身体の外へ弾き出した。
ピシュンッ・・・
俺を捕らえていた糸が弾け飛んだ、
俺は地面に投げ出され、身体は呪縛の糸から開放された。
俺はゆっくりと砂塵を払って、揺れる地面へと立ちあがった。
「ほお・・・我が錦糸から逃れる術を持つとは・・・さすがですね・・・早乙女乱馬さん。」
何処からともなく男の声が響いてきた。
甲高くもなく、低くもなく、俺や良牙と同じ位の歳格好の若い男の声だった。耳底について嫌な響き・・・そう、あの病室ですれ違った男の声そのものだった。
「こそこそ隠れてないで出て来いっ!!」
俺は中段に構えのポーズを取り警戒しながら、声の主にドスを利かせた。
辺りで稲妻のような光が点滅し、薄靄(うすもや)の中から人影が浮かび上がる。
空気は一瞬にして張り詰めたように凍てついた。おどろおどろしい妖気が立ちこめる。俺は思わず、武者震いのような震えを全身に感じた。
「ご挨拶がおくれましたね・・・早乙女乱馬さん・・・。」
靄の向こうには見たこともないような煌びやかな光沢のある着物のような青い衣装を身に纏った男が現れた。鼻筋は通り、切れ長な瞳と薄い唇。
その顔には確かに見覚えが合った。そう、あかねを尋ねてきた男だった。
しかし、あの時と違うこともある。井出達はともかく、髪の毛の様子が違った。
あの折に俺を挑発した男は、どこにでもいそうな高校生の黒いさらさらとした髪形そしていた。
しかし、今、俺の前に立ちはだかる男は、腰まで伸びる見事な銀髪を風に靡かせている。肌は、抜けるように白く、この世の者とは思えない美しい姿形をしていた。
「私は月読・・・古代の葦原の中つ国からの使者です・・・。」
その目に吸い込まれそうになるのを堪えて俺は言い放つ。
「・・・異世界の人間があかねや俺に何の用だ?」
「私たちの国の巫女となられるあかねさんをお迎えに参りました。」
「巫女だと?」
「ええ、彼女は根の国、中つ国、高天原の三世界の巫女となられるお方。いずれこの三国を手中に収める、この月読の伴侶となられる太陽の巫女。大人しく譲り受けます・・・。」
月読は不敵な微笑みを俺に交わす。
「断わるっ!あかねは俺の大切な許婚。おまえなぞに渡す謂われはねえ・・・。」
声を下げながら俺は答えた。
「どうしてもお渡し頂けないのですね・・・。」
「ああ、どうしてもだ・・・。」
暫らく俺たちは互いを牽制して睨み合った。
月読は着物の袖を口元に当てながら穏やかに言い放った。
「ならば、腕ずくででも・・・」
そう言って月読はふわっと宙(くう)に浮き上がった。
俺は、両手を腰に構え、全身の気をその中に握り締めた。
つづく
(c)2003 Ichinose Keiko