◆バレンタインの後先…
二人で肩を並べて公園を出た。
夕暮れの闇はすぐさま降りてきて、二人を包む。
ふわふわ舞う雪は美しくあたりを照らし出す。
「遠回りして帰ろうか?」
乱馬は傍らのあかねに声をかけた。
肩を抱いてやる余裕はまだない。手を繋ぐ余裕も・・・。せいぜい帰り道を遠回りすることくらいしか出来ない乱馬だった。
もう少し二人だけの時間を過ごしたいと思った。
「うん・・・。いいよ。」
あかねはあっさりと承諾して微笑んだ。
街並みを往くカップルは、一様に暖かく見えた。
さっきは母親とあるいていたこの道。今はあかねと二人一緒に。それだけで世界は微笑んでいる。
ショウウインドウに自分たちの影を映して、そっと乱馬を覗き込む。
「何だよ・・・。」
乱馬は視線を泳がせるあかねを不思議そうに振り返る。
「何でもないよ・・・。」
あかねはほっと微笑んで彼を見詰める。
彼らの目の前を、見覚えのある顔が通り過ぎた。
良牙だ。
「いったいここは何処なんだ?」
乱馬たちに気づかずに足早に通り過ぎてゆく。乱馬はそれを見て声をかけようとしたが、止めた。前に雲竜あかりの姿を認めたからである。
「あかりちゃん!」
良牙は真っ直ぐに突き進んでいった。
「あいつらもバレンタインか・・・。」
乱馬は笑った。再会、いや巡り合いを喜ぶ彼らの邪魔にならないように、乱馬はそっとあかねの肩に触れると、方向転換を図った。
「どうしたの?」
あかねが訊くと
「ほら、前に良牙たちがいるだろ?」
乱馬は悪戯っぽく笑ってあかねを諭した。あかねも頷くと乱馬の云わんとしていることがわかったのだろう。良牙たちを避けるようにくるっと背を向けて、違う道へと取って返した。
それから乱馬はずっとあかねの肩を右手に抱いていた。あかねの一回り細い肩に触れたまま、歩き始める。すぐさま離しても良かったのだが、手が固まってしまって離せなかった。それほどまでに純情な彼だった。
あかねもそれを嫌がらず、いやむしろ歓迎しているかのように見えた。
押し黙ったまま、二人は家に向って歩みを進める。
気の利いた会話もできない、不器用な二人。
何処までもこのまま帰り道が続いてくれればいいと、二人とも思っていたに違いない。二人で過ごす時間は短すぎる。
次の角を曲がれば、天道家の垣根だ。
あかねも乱馬も少し残念そうに、ほっと同時に息を吐いた。
門を入ってしまえば、もう、手も離してしまなければ。好奇心旺盛な家族たちの餌食になってしまう。二人には痛いほどわかっていた。
近くに居るのに、遠いお互いの距離。
素直になれない分、不器用な分、その距離はなかなか近くならない。
最後の曲がり角に来た時、乱馬はふっと立ち止まった。
あかねが乱馬を見上げた。
「もう少しこのまま居たいね・・・。」
あかねは寂しげに呟いてみた。
・・・もう少しだけ、このままで。
その言葉に反応するかのように、乱馬は柔らかな瞳であかねを見詰めた。電灯の淡い光が、彼女の顔をほんのりと照らし出す。
自分の元へそのまま留めておきたいような愛しさ。恋しさ。
己の気持ちを形にすることなど滅多にない彼であったが、今日は少し違っていた。ほんの少しだけ素直になっていた。
手にしたバレンタインのチョコレートの魔法が彼を積極的にしたのかもしれない。
乱馬は肩に置いた手をあまねく自分のほうへ引き寄せて、柔らかく一度だけ包み込むようにあかねを抱きしめた。伸びてきた彼の身体にあかねも素直に身をゆだねた。
そして二人は目を閉じた。互いの想いを慈しみ確かめあうために。
過ぎ行く二人の恋の息吹を静かに見守りながら、空からまた雪の精たちが舞い降り始めた。
完
一之瀬的戯言
二人の関係を少しだけ進めました。
いろんな状況を仮定していろんな角度からストーリーを描き出したいと思っていますので、シリーズとは別の単発ストーリーとして捉えてください。
この先も離れたり近くなったりの17歳の二人を描きたいです。
付かず離れず・・・曖昧模糊とした二人の純愛が私はとても大好きなので♪
もちろん、18歳、19歳と年を重ねた二人の恋模様も作ってみたいなあ。
今回は見送りましたが、閑話戯事の子育て中の二人の情景や、もっと先の乱馬とあかねの子供たちのバレンタインストーリーなども描いてみたいです。
尚、メニューページにこの連作の元になったマンガを格納しました。かつて「らんま一期一会」にアップしていたものです。
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