あかね風邪をひく・・・その2


バスケトボール部の試合は体育館の中で行われることになっていた。
男子部、女子部、それぞれ隣り合わせのコートで同じ青竜学園が相手だった。

乱馬から差し入れられた昼食を摂った後、あかねは軽くウォーミングアップをしていた。
でも、なんとなく身体に切れがない。
あかねは体調不良を周りに悟られないように、いつもと同じ様に、いやそれ以上に元気に振舞っていた。
周りもあかねの不調など知る由もなかったから、多大な期待を彼女に抱いていたようだ。
いつのまにか体育館は彼女のファンの男子生徒で埋め尽くされていた。

先に、男子部の試合が隣のコートで始まったのか、一斉に体育館が湧き上がった。
振り向いたあかねの視線の先には、躍動する乱馬の姿が映し出される。
流れるようにしなやかで均整のとれた彼の身体は、否応なしに人目を惹きつける。あかねも一瞬、彼の勇姿に目を奪われてしまっほどだ。
彼に渡ったボールは面白いようにゴールを目指して飛んでゆく。

ピーッ。
笛が鳴って、今度は女子部の試合も始まった。

試合が始まっても、あかねはいつもの調子が出なかった。
思った以上に身体の不調は深刻だったと言っておこう。
動きが鈍く、切れもない。
何よりスタミナが不足しているのか、すぐに息が上がってしまう。
最悪だった。
それでも、責任感の強いあかねは手を抜くことを知らない。持てるだけの体力で、コートの中を駆けずり回っていた。
いつのまにやってきたのか、九能が声を張り上げて応援していた。
「天道あかね〜ボクがついているぞ〜」
と言いながら竹刀を振り回している。
迷惑以外の何物でもない、そんな九能の応援が気にならないほど、あかねは絶不調だった。
そう、あかねは息苦しさと闘いながら身体を動かし続けた。
立ち止まったら最後、そのままコートの中に倒れ伏してしまうのではないかという不安から逃れるために、必死でコートを駆けていたのだ。
九能をはじめとする熱狂的なあかねファンの男子たちはもとより、女子たちも一所懸命にあかねたちを応援していた。
あかねと共にプレイしているバスケ部員たちも、コートの外から応援しているギャラリーたちも、いつもの元気なあかねと何も変わらないように映っていただろう…ただ、一人の例外を除いては。

女子より早く試合が始まった男子たちは、ハーフタイムに入ると、横の女子たちの試合を眺めて休憩を取っていた。
乱馬も、もう一人の許婚の久遠寺右京から手渡されたタオルで汗を拭いながら、女子コートのあかねを目で追っていた。

「あいつ、やっぱり…。」

乱馬だけがあかねの変調に気付いていた。


いつもなら、試合が終わればさっさと引き上げることにしていた乱馬だが、この日は違っていた。
当然の如く、男子部の試合は乱馬が活躍した風林館高校の圧勝だった。
いつの間に加わったのかシャンプーまで応援席に駆けつけていた。
黄色い声を上げながら、右京とシャンプーは乱馬に近寄って来る。
「ごめん、今日は一緒に帰れねぇんだ。先に帰っててくれ。」
珍しく、きっぱりと二人に断りを入れた。
訝しがる右京とシャンプーだったが、いつもと違う気迫を乱馬に感じとり、しぶしぶと承知して大人しく先に引き上げた。

隣の女子部の試合は、あかねの不調からか接戦となっていた。
あかねが本調子なら楽に通っている筈のパスがなかなか通らない。また、あかねにボールが渡っても、シュートミスが目についた。
見た目には普段と変わらなかったあかねだが、乱馬から見れば、正視できないほど乱れていたのだった。
抜きつ、抜かれつの展開に、ギャラリーたちは興奮し、互いの応援にも熱が入る。
乱馬は人垣の遥か後方の片隅で、腕組しながら黙ってあかねを見つめていた。

手にしたボールを振り上げて、あかねはゴール目掛けて無心に腕を突き上げた。

ゴトリ…。
ボールは回転しながらゆっくりとゴールの中に吸い込まれていった。

ピーッ。

そこでホイッスルが鳴った。
かろうじて風林館高校が勝ったのだ。

あかねを取巻くギャラリーたちは一斉にトキの声を上げて勝利を祝った。
体力を使い果たしたあかねには、声援ははるか遠くの夢物語のように遠い世界の端から聞こえてきた。
肩で息をし、汗は滴り落ち、ふらふらの状態だったのだ。
最後の力を振り絞って、その場に立っていたのだった。





「ねえ、打ち上げ、行くでしょ?」
試合後、更衣室でキャプテンがあかねに言った。
不調だったとはいえ今日の試合の功労者に誘いがかけられるのは当然だろう。
「ううん、今日はパスするわ。ありがとう。」
荒い息の下であかねは簡単に断りの言葉を述べた。
試合後、冷えた身体はますます悪化の一途を辿っていたのだ。打ち上げどころではなかった。
「どうしたの?あかね。顔色悪いわね。」
心配そうに同じクラスのバスケ部員が尋ねてくれた。
「昨日、ちょっと夜更かししちゃって寝不足なの。」
とっさに口から出任せを言った。
「…大丈夫。少し、休んでから帰るわ。遅くなるから気にしないで打ち上げ先に行ってちょうだい。ここの戸締りは私がしておくから。」
どこまで行っても、あかねはお人好しで、そして勝気であった。
「そう?じゃあ、お願いね。」
部員達もそれ以上は何も言わず、先に部室を後にした。

ふうっ
重い身体を持ち上げながら、あかねは深い溜息を吐く。

予想以上に症状が進んだのか、身体は完全に火照りきっていた。頭もぼんやりしていて、耳鳴りまでしている。
「早く帰って横になろう…。」
あかねは通学鞄を持つと、ゆっくりと部室の外へ出た。

夕方までにはまだ少し間があったが、風がビュンとあかねのほおを撫で上げる。

部室に鍵をかけ、職員室へ返し、昇降口まで一人で来た。体力の限界はとっくに超えている。
靴を履き替えたところで、ふと傍らに人の気配を感じた。
熱っぽい身体を起こして振り向くと、一人の少年が腕組みしたまま黙ってこちらを見ている…。

「乱馬…。」

待っていてくれたのだろうか…
淡い安心感が自分を包んでいくのを感じたが、あかねはそこでまた無け無しの気力を振り絞るのだった。

…乱馬に自分の弱みを見せたくない…

いつもの勝気さがむくむくと頭をもたげてきた。できるだけ背筋を伸ばし、何でもない風を演じる…本当は立っているのがやっとの疲れ切った身体なのに…。

あかねは黙って校舎を出た。
乱馬も後に続いて校舎を出る。

弱い冬の日差しの中、一定の距離を保ちながら二人のカップルは家路に就いた。

前を行くあかねは、険しい乱馬の気を背中に受けていた。
熱っぽい身体を引きずりながら、あかねは乱馬の気が険しい訳をぼんやりと考えていた。
まだ昼間の数学の授業のことを根に持っているのだろうか…それとも、さっきのブザマな試合を怒っているのだろうか…

ブーーーーンッ!

ふいに後ろから唸り音を上げながらワゴン車が近寄ってきて、勢い込んで二人を追い抜かそうとした。
あかねは、足元が風圧ですくわれてふらついた。

「あぶねぇっ。」

地面に倒れ込みそうになったとき、あかねはふわっと自分の身体が浮くのを感じた。そして、乱馬のほうへ引き寄せられた。
乱馬はとっさにあかねを両手で支えたのだ。

はっと我に返って、あかねが身体を動かして乱馬から離れようとしたとき、乱馬はいきなり腕を掴んで引き戻した。

「やっぱり!」

目の前で乱馬が怒ったように声を荒らげた。
あかねが視線を乱馬の顔に移したとき、一回り大きな手が無造作に額に当てられた。
「いつからだ?」
「えっ?」
「いつから、おかしくなったんだ?」
「……」
乱馬の気迫にあかねは臆してすぐには返答できなかった。
少し間を置いて
「大丈夫よ…平気…。」
自分に言い聞かせるように返答すると、もっと怒鳴られた。
「バカやろうっ。強がるのも大概にしろっ。平気なわけねえだろっ。こんなにオデコが熱いじゃねえかっ。こんな身体引きずって無理しやがってっ!」
乱馬は捲くし立てる。

今まで精一杯、強がっていたあかねは、乱馬の怒鳴り声に張り詰めていた気が一気に緩んだ。そして、そのまま足元が崩れ去り、乱馬の方へ身体ごと倒れ込んだ。

「おっと。」
慌てて、乱馬は倒れ込んできたあかねを抱きとめる。
乱馬の広い胸の中に吸い込まれてゆく。
二人の時が少しだけ静止した。

「お、おいっ、あかねっ!」
突然倒れ込んできたあかねに乱馬は一瞬焦った。
「大丈夫…ちょっと眠いだけだから・・・。」
薄れてゆく意識の中で、あかねはそっと呟いた。
疲れ果てて、精魂尽き果てていたのだ。そのまま眠りの淵へと落ちていった。

…そう、何よりも心からの安堵感が乱馬の鼓動とともに深い眠りへとあかねを誘い込んだのだろう。

「こんなになるまで無理しやがって…ホントにしょうがねぇ奴だな…。」
そのまま、胸の中で眠り込んだ許婚に苦笑しながら乱馬はあかねをそのまま軽々と抱え上げた。


その後、あかねはどうやって家まで帰り着いたのか、記憶はなかった。
乱馬の広い胸の中で揺られながら夢見心地で帰って来たのだろう。
気がつくと、一晩明けていて、自分のベットの上だった。
「もう、あの日は家中大騒ぎだったんだから。」
そう言って、なびきに散々からかわれた。
「あとでちゃんと乱馬くんにお礼を言っときなさいよ。」
とにやにやしながらなびきはあかねに言ってのけた。


あかねの風邪のせいで乱馬はその晩、大変な目に合ってしまったのだが、それはまた次の機会に…
くれぐれも、風邪にはご用心!

後書き
処女作ではありません〜実はこの後に続く話の方が私のらんま的小説の処女作になります。
友人とメールでリレーして小説書きっこして遊んでました。(何やってたんだか・・・)
でも、その作品、そのまま載せると問題があるので、手直しします〜昨年の冬、しつこいインフルエンザで寝込んだ家族達を介抱しながら思いついて書き込んだネタなので、ちょっとね・・・(^^;
昨冬(99年)のインフルエンザには泣かされました〜私が一番軽かったみたい。
思いっきりらんま的世界にのめり込み掛けて、上滑っていたから私に憑依した「インフルエンザ菌」もすぐ死滅したのかも。
おまけにまだ今年は風邪の気すらないのが、ちょっとブキミだったりする。

いつになるか分りませんが、期待せずに待っていてね。