第六話 あかねちゃん、危機一髪


 乱馬は蘇曽と正面から睨み合った。
 八つ頭と尾のオロチは、再び乱馬の前に立ちはだかる。

『乱馬、気技を使え。こいつは「幻覚」だ。』
 男に戻って、再び交信が回復した、体内の制多迦が乱馬に語りかけてきた。
「幻覚?」
『ああ…。おまえに幻を見せているだけだ。』
「わかった…。気だな。」
『乱馬、あの必殺技をしかけろっ!』
「あの必殺技?」
『おまえが不動明王界でぶっ放したあの技だよ。多分、あれが一番有効だ。』
 制多迦は止ることなく語り掛けてくる。
「あの技…。わかった。」
 乱馬はぎゅっと拳を握り締めた。

「打たせるかっ!」
 蘇曽が横から気をぶつけてきた。間合いを溜めさせるつもりはないようだ。
 ボンボンと蘇曽の掌から発せられる赤い気。
 それだけではない。蘇曽の動きにあわせるように、結界の渦が真下から異様な煙を噴き上げて来る。
「ふん…。男に戻ったところで、おまえに勝ち目があるわけではあるまいに。さっさと私か仲間にやられてしまえっ!!」
 にっと蘇曽は笑った。
「ぬかせっ!絶対に俺は負けねえ…。」
 乱馬は蘇曽を睨み付けた。
 八つ頭と尾も絶え間無く、乱馬へと襲い掛かる。男に戻れたところで、戦いそのものが楽になるわけではなかった。
 乱馬は蘇曽の気や仲間たちの変化したオロチの攻撃を必死で避けながらも、ある行動へと出ていた。
 乱馬を追って、地面から湧き上がってくる赤い気炎がぐるぐると渦を作り始めた。そこへ流れ込んでいく、熱気。

 そう、螺旋ステップを踏みながら、円心へと魔物を引き寄せる。

 乱馬を追い詰めたと思った八つ頭の蛇頭が、一斉に大口をあげて襲いかかろうとしたその時、制多迦が叫んだ。

『今だっ!撃てっ!乱馬っ!!』

「よっしゃああっ!飛竜昇天破あっ!!はあああああっ!!」

 乱馬は無我夢中で天へ氷の拳を振り上げた。

「な、何っ!」

 乱馬の鬼気に迫る攻撃に、蘇曽は思いっきり後ろへと飛びのいた。と同時に目の前をえぐって吹き抜けていく、飛流昇天破の気の渦。ゴゴゴゴゴと床面から天井へと、気の猛威が荒れ狂う。
 乱馬を襲おうとしていた八つ頭のオロチたちが、あっという間にその気渦に飲み込まれた。
 バリバリ、メキメキと音がして、床ごと彼らをすくい上げる。乱馬は渦の中心で、ぐっと歯を食いしばって地面へふんばった。少しでも気を抜くと、自分の打ち上げた気渦へと己自身を持っていかれる。必死で耐えた。
『見ろっ!乱馬。』
 制多迦が乱馬に声をかけてきた。
「あ、あれは…。」
 目の前を吸い上げられていく八つ頭のオロチの姿が、乱馬の放った飛流昇天破に駆逐されるように、消えていくではないか。大きな頭も尾も、気渦に飲まれながら薄くなる。
 その影が消えた時、一匹の白い蛇が、縄のように渦の中心で舞い続けているのが見えた。
『あれが、妖の正体だぜ。』
 制多迦が冷静な声にて話しかけた。

 やがて、飛流昇天破が作り出した渦は、蛇を巻き上げながら、上空へ吹き抜けて見えなくなった。
 風がぴたりと止んだ時、傍でバタバタと人間の身体が倒れていくのが見えた。蘇曽に操られていた大介やひろしたちだった。彼らは糸が切れた人形のように、その場へと倒れ付す。
 それから、ふうっと床に吸い込まれるように消えて居なくなった。

 その様子を見ていた乱馬は、思わず焦ったが、体内の制多迦がそれを見越して言った。

『大丈夫だ。乱馬。おまえの友人たちは蘇曽の呪縛が切れて、結界の外へとはじき出されただけだ。』
「結界の外…。」
『ああ…。ここは蘇曽の作り出した結界の中だからな。』

 それを聞いて少しは安堵したのも束の間、すうっと目の前に蘇曽が立ち上がっていた。

「ふん…。俺様の術を破るとはな…。侮れぬやつだ。貴様は。さすがの俺様も今のは危うく、気の渦に飲み込まれるところであったわ。」

「今度は外さねえ…。きっちりてめえを倒してやる。」
 乱馬は目の前で身構えて見せた。
 が、その時だ。


「何っ?」

 一瞬、空間がうねりを上げ、歪んだような気がした。

「くくく…。」
 笑い声と共に蘇曽の姿がふうっと周りに同化するように消えた。

『気をつけろ。乱馬。ここは奴の結界の中だからな。』
 制多迦が話しかけてくる。
「ああ…。わかってる。奴の思いのままに操れるって訳か。」
『いつでも気を打ち込めるように溜め込んでおけっ!油断すんなよっ!』
「てめえに言われなくてもさっきから手に溜めてるぜ。」
『上々だ。』

 何か起こる。
 周りに満ちた異様なまでの妖気。己の本能がそう警鐘を鳴らしてくる。

 乱馬は己の体内から気を集めて、右手の中に握り締めていた。いつでも気弾を打ちこめるようにだ。



「そろそろ儀式を始めようか。乱馬よ。」


 沈んでいた蘇曽の姿がさああっと浮かび上がってくる。
 
「これを見てもそんな余裕が口に出来るかな?」
 蘇曽はにっと笑いながらアゴをしゃくった。

「な、何っ!」

 目の前の空間が開けて現われたのは、あかねだった。
 一本の柱に鎖で縛り付けられているのが目に飛び込んできたのだ。
 気を失っているようで、だらんと首がうな垂れている。その背後に大きな水晶玉に乗せられた髑髏がおどろおどろしく、乱馬たちの方を見詰めていた。


「てめえっ!あかねに何をっ!」
 あかねの姿に思わず乱馬は啖呵を切った。

「美しい娘だな…。貴様には勿体無いくらいに…。だから、魔多羅神の贄としてやろうというのだ。」

「ふ、ふざけるなっ!!」

『乱馬っ!落ち着け。高じると奴の思う壺だぜ。』
 制多迦が冷静を保ちながら乱馬へと囁きかける。
 だが、あかねへの仕打ちを見て、乱馬はすっかりと逆上してしまった。

「野郎っ!あかねを離せっ!」
 乱馬は後先考えず、握っていた気を解放し、あかねの前で笑っている蘇曽目掛けて、気砲を打ち込んだ。

『馬鹿っ!早まるなっ!!』
 制多迦が必死に止めたが、乱馬の行動のほうが一瞬早かった。
 彼の右手から繰り出した気は、蘇曽の身体を貫くように真っ直ぐに飛んだ。

「ふふふ、かかったな、我が術にっ!」
 蘇曽はその行動を見越していたように、笑った。と、彼の身体がすうっとまた、空へと消えた。

「えっ?」

 蘇曽と思って打ち込んだ先には、剣が一本、鞘におさめられたまま、突き立てられていた。

『しまったっ!宝剣が…。』
 乱馬の体内で制多迦が叫んだ。
「宝剣?」
『ああ、不動明王界から盗まれた宝剣だっ!』

 乱馬の打った気は、宝剣へと飛び込んだ。
 
 バチッ!と火花が飛び散るような音が宝剣から発せられる。と、宝剣は激しい光に包まれた。
 乱馬の闘気に共鳴するようにバチバチと音をあげながら、電流を放出するように光り輝く。

 バキバキッ!!
 最後に宝剣は、一際大きな音を張り上げる。と同時にあたり一面、閃光が走った。その眩い光を思わず手を翳して避ける。あたり一面の光に、激しく目が眩んだ。


「ふふふ…。封印は解放された。」
 どこかで蘇曽の声がした。

 ようやく光が去り、元の薄明るさに戻った時、乱馬は己の目を疑った。宝剣がふうっと独りでに浮き上がったのを見たからだ。宝剣は自ら意思がある如く、空を漂い、すぐ脇に立っていた蘇曽の手へとおさまってしまった。

「乱馬、おまえのおかげで目覚めたぜ。降魔(ごうま)の剣。」

『降魔の剣だって?馬鹿な…。』
 制多迦が思い切り呟いた。

「私には抜ける。この降魔の剣が…。」
 そう言って蘇曽は柄を握り締め、すっと鞘から剣を引き抜いた。妖しい七色の光が剣先に鈍く光りだす。

「来るかっ!」
 乱馬は腰を落として低く身構えた。

「おまえなど斬らぬ…。私が斬りたいのは…。」
 蘇曽は般若の面をあかねの方へと転じた。それからゆっくりと剣を振りかぶる。

「やめろーっ!!」
 
 乱馬は叫んだ。
 だが、蘇曽は構わず、剣をあかねに向けて勢い良く突き出した。

「あかねーっ!!!」

 乱馬の絶唱が響き渡る。蘇曽の動きよりも早く、あかねの前に立ちふさがった。

 ズバッ!

 鈍い音が響き、右肩辺りに激痛が走った。

「くっ!!」

 間一髪、乱馬は真正面から自分の身を盾にして、蘇曽の突き立てる剣を受け止めていた。そして、剣の刃を両手でぐぐっと握ったまま離さなかった。
 血が掌と右肩から溢れ始める。だが、彼は必死で痛みに耐えながら蘇曽を見上げた。

『たく、おまえらしいよな…。乱馬。俺がかわってやろうか?』
 制多迦が意識の下から乱馬へと囁きかけた。
(邪魔するな…。これは俺の山だ…。)
 薄れそうな意識を耐えて乱馬はそう吐き出した。
『わかった…。好きにやれ…。後始末は俺がつけてやる。存分にやりな!』
(サンキュー…。制多迦。)
 心でそう吐き出しながら、体内に残っているありったけの気を剣の突き立てられた傷口へと集め始める。


「ふん、人間の身体など、脆い物よなあ…。」
 いたぶるように蘇曽は剣をぐりぐりとなすりつけていく。気が遠くなるのを耐えていた乱馬はきつい目で蘇曽を見返して言った。

「あかねは…。俺が…。この俺が守ってやる…。絶対にてめえには…一指も触れさせねえーっ!!あかねは…俺の、俺の許婚だからなあっ!!」

 乱馬はくわっと目を見開き、ありたっけの力を振り絞って、己の体内から気を、放出させた。

「な、何っ?」
 宝剣を伝って、鞘を握っている蘇曽へと乱馬の気が電流のように駆け上っていく。
「貴様…。何故、そんな力を持っている…。たかが人間の分際で…。」
 焦った蘇曽は剣を乱馬から引き抜こうとしたが、ぐっと握り締めた乱馬は絶対にそれを許さなかった。

「吹っ飛びやがれっ!やあああっ!!」

 乱馬はなおも己の怒りを闘気に変えて、蘇曽目掛けて解き放った。

「畜生!今回はこれで引き上げだっ!覚えておけ。必ず、魔多羅神を復活させて、神界も人間界も己が手におさめてやるっ!」」

 蘇曽の身体がふうっと消えた。宝剣を諦めて手放したのだ。

「さまあみろ…。」
 乱馬は消えた蘇曽へ吐きつけると、満足したようにその場に崩れ落ちた。
「制多迦…。あかねを頼む…。」

『無茶な奴だな…てめえは。でも、良くやったな。乱馬。後は俺に任せてゆっくり休め。』

 沈み込んだ乱馬と交代するように、制多迦の意識が表面へと浮き上がった。
 制多迦は突き刺さった宝剣を握り締めると、ぐっと乱馬の身体から抜き取った。それからすぐさま、制多迦は拳を握り締めて、血が溢れてくる傷穴へと手を翳した。

「ふう…。昨夜、金加羅から小独鈷とその中へてめえの超力を溜め込んでおいて正解だったぜ…。やっぱ、おめえの癒しの超力は侮れねえや…。なあ、金加羅よう。」
 そう言いながらぐっと傷口を押さえた。と、みるみるえぐれた傷穴が皮膚へとくっつき、跡形も無く消えていく。勿論、刀身を握り締めていた掌の切り傷も消えた。
 それからふううっと息を吐き出した。

「さてと…。あかねちゃんも助けなきゃな。」
 あかねをぎゅっと腕に抱きとめると、背中へと背負った。あかねはずっと眠ったままで、制多迦乱馬へと身を預ける。
「んっと…。金加羅よりもちょっとあかねちゃんの方が軽いかなあ…。でもねえか。けっこうしっかり、胸もあるし。いい尻してやがらっ!あっはっは。こいつ(乱馬)もぞっこんになるのもわかるような気がするぜ。」

 あかねを背負うと、制多迦はふうっと阿字を切った。
「小独鈷よ、超力貸せよ…。この禍々しい世界を浄化し、もと居た世界へ…。オン・ゲルマ・セイタカ・ウンパッタ・ナム。」
 真言と共に、その世界から元の世界へと戻って行った。



『くくく…。あかねという少女を得ることはできなかったが…。まあ、よしとしよう。欲張るとせっかくの計略も藻屑に消えるとも限らんしな…。予定通り、降魔の剣を制多迦の手に戻しただけでも良しとしよう…。乱馬の生き血をたっぷりと吸い取った降魔の剣をな…。』

 般若の面を取りながら、蘇曽はにやりとほくそえんだ。

『次こそは、紫獅の魂魄を我が手に取り戻す…。楽しみにしておれ、制多迦と金加羅よ。ふふふふふふ。』

 それだけと言い含めると、すいっと闇の中へと消えて行った。
 







 どのくらいの時が流れていたのだろうか。

 乱馬はふいっと意識を取り戻した。
 傷も痛みも消えている。

『あれ…?』
 だが、どうやらまだ制多迦の意識の下に居るらしい。
「やっと目覚めたか。」
 上で制多迦が言葉をかけてきた。。
『戦いは…?蘇曽の野郎は…。』
「終わったよ…。俺の真言でみんなの意識を戻しておいた。その辺はぬかりがない。ついでにおまえの傷も治しておいてやったから安心しな。」
『そんなことができるのか?』
「独鈷と金加羅の操る真言呪文を使えばな。…人間たちに魔物や俺の存在を気付かせるわけにもいくまい?」
『ああ…。で、てめえは何でまだ、俺の上側に居る?』
「おめえが傷を受けてのびてたんだ。だから俺が結界を飛び越えて再び元の世界へ導いてやったんだろうが。それに…。」
『それに?』

「今は劇の本番中だ。」

『な、何ぃっ?』


「早乙女君、終幕だからね。しっかりやるのよ。台詞はいいから、とにかく、あかねを抱きしめてキスよ、キス。幕開くわよ。あかねもスタンバイしてね。」
 脇から紗江の声がした。

『なっ!てめえ、こら、俺が目覚めたんだから、代われっ!!』
「や〜なこった!」
 制多迦が涼しげに答えた。
『こらっ!制多迦、てめえっ!』
「いいから劇も俺に任せておけって!」

 すすすっと幕が上がる。
 真正面には生徒たちの熱い視線がこちらへ注がれているのが見える。

「乱馬…。」
 こそっと傍であかねが囁いてきた。
 見ると、そこには、美しい衣装に栄えた彼女の姿があった。
『あかねは無事だったのか…。』
 ほっと胸を撫で下ろした。
「乱馬、わかってると思うけど、キスシーン、ふりだけだからねっ!!」
 あかねが念を押してくる。
 だが、敢えて制多迦乱馬はそれには答えなかった。

「さあ、終幕よ、しっかりやってよね。お二人さんっ!」
 紗江の声も聞こえてきた。

「オロチ退治は終わった…。櫛名田比売。」
 制多迦乱馬はすまし顔で台詞を言った。

 乱馬の意識を無理矢理に沈めて、そのまましたり顔で劇を進めるつもりなのだろう。
『こら、制多迦っ!!』
 乱馬は下から必死で問いかけたが知らん顔だった。
 焦ったのは乱馬だ。このままだと、あかねの唇を奴に持って行かれかねない。いや、実際、制多迦の狙いはそこにあるのだろう。このままキスシーンに雪崩れ込む、そんな魂胆が見え隠れする。

「櫛名田比売。」
「はい…。」
「俺と共に、この出雲の国を豊かな実りの国にしないか…。」
「私とですか?」
「ああ…。この美しき青垣の国を二人の手で…。」

 そっと肩に手が置かれる。

『こらっ!制多迦っ!てめえ、離れろっ!あかねから離れろーっ!!』

 刻一刻と、問題のシーンへと近づく。乱馬は懸命に意識下からがなりたてた。

(黙ってみてろっ!)
 制多迦が心で制した。

『何が、黙って見てられるかってんだっ!てめえ、あかねの唇は俺のもんだーっ!!』

 そんな叫びなど気にせずに、制多迦乱馬はあかねをぐいっと己の方へ引き寄せた。
 あかねとじっと見詰め合う。美しいシーンを栄えさせるために、用意されたライトが二人を幻想的に映し出した。

『やめろーっ!!制多迦ーっ!!』

 目いっぱい叫ぶ乱馬。
 だが、制多迦乱馬の手はあかねの頬へと滑っていく。
 はっとあかねが驚いたように乱馬を見詰めた。熱っぽいその瞳は魔性の輝きを秘めている。
「乱馬?」
 軽く彼女の口が回りにきこえないくらいの小さな声でそう呼びかけたとき、ふっと微笑みかける。
「瞳を閉じて。キスするときの礼儀だぜ。」
 予定にない台詞を吐き出した。

『こらっ!あかねは俺のだーっ!!返せっ!こん畜生っ!!』
 そう必死で最後の雄叫びを上げた乱馬。


 と、ふわっと意識が上に浮上した。
 入れ違い様に、制多迦の声が響く。

『じゃあな、乱馬。おまえのキスの超力で俺は、このまま、降魔の剣と共に神界へ帰らあっ!あとは上手くやれよ…。』
 
「ちょっと、ら…。」
 あかねの声が途中で途切れた。
 互いの唇が合わさったのだ。土壇場で制多迦は乱馬とすり替ったのである。

「ん…。」
 熱い吐息が、口元から漏れた。と同時に、ふわっと己の身体から制多迦が飛翔したのがわかった。物凄い勢いで何かが身体から急速に離れていく。
 乱馬はあかねをぎゅうっと抱きしめたまま、制多迦を神界へと見送った。
(もう来るなよっ!!)
 そう、心で叫ぶのを忘れずに。


 一瞬、舞台に静寂が訪れた。
 すすすっと幕が降りてきて、緞帳(どんちょう)の向こう側からわれんばかりの拍手と喝采が湧き上がる。
 いや、乱馬とあかね、双方のファンによる悲鳴に近い怒号も若干含まれていたかもしれない。
 だが、乱馬はあかねへの熱い抱擁をなかなか解き放せずに居た。
 蘇曽との戦いに勝利したことと、制多迦が帰ったことにホッとして、ぎゅっとあかねのほうから身体を引き離された。
 わなわなと肩が震えている。

「あんた…なんであたしにキスなんかしたのよーっ!!」

 半分照れもあったのであろうが、ぎゅっと抱きしめたままの乱馬に、ギンッと鋭い視線を差し向けた。
 ざわざわと回りにギャラリーたちも集ってくる。

「ええよなあ…乱馬は。」
「どさくさに紛れて、ディープなキッスですか。」
 大介もひろしも呆れ顔。

「ちょっと待て…これはだな。俺じゃなくって…その。制多迦がだな…。」
 乱馬は慌てて説明にひた走ったが、勿論、そんなものが通用する筈が無い。

「とか、何とか言ってよう…。」
「まだ、未練たらしくあかねを抱きしめていますなあ…。」


「こんのっ、いつまでくっついてるのよっ!色情魔あっ!!」

 ドッカンとあかねの拳が乱馬を襲った。

「俺は、俺は…俺は、無実だあーっ!!畜生っ、制多迦!もう二度と来るなっ!こんのっ、疫病神ぃーっ!!」

 体育館中に彼の雄叫びが響き渡ったとか…。





「あれ…?」
「どうしたの?制多迦…。」
「いや…。別に…。今、乱馬の声が聞こえたような気がしたからさ。」
「まさか…。ここまで届くとでも?」
「さあな…。今頃、上手くやってるんじゃねえのか?あかねちゃんと。」
「だといいけど…。あの子、制多迦よりずっとずーっと純粋で不器用だから…。」
「何だよそれ。」
「別に…。」
「さて…。降魔の剣を不動明王様へ返しておこうか。」
「で…。香水と曼荼羅は?」
「あ゛…。忘れてた。」
「たくうっ!あんたって奴はあ…。まあ、曼荼羅と香水はそれぞれの明王様の蔵から出てきたらしいから、もう人間界で探す必要はなくなったんだけどね。」
「あん?出てきただあ?」
「どうも、チェック漏れしてたみたいで…。」
「ふうん…。」
 制多迦は一瞬怪訝な顔を向けたが、すぐに戻した。
「ま、いいや。戻ってなかったらまた乱馬のところへ居候して探すかとも思ったけど…。」
「もう…。制多迦ったら。そうしょっちゅうだと、乱馬に嫌がられるわよ。」
「ははは…。冗談だよ。今度行くなら金加羅、おめえも一緒の方がやっぱりいいな。…なーんて思ってるけどよっ!」

「おーい。制多迦の旦那ようっ!帰ってるなら早く報告に来いって不動明王様がおかんむりだぜえっ!」
 迦楼羅鳥が空から二人を呼びに来た。

「さて…。行くかな。」
「そうね…。明王様を待たせちゃうと後が怖いわよ。」
「確かに、相当おっかねえ…。」

『こらっ!さっさと来いっ!制多迦童子っ!!いつまで待たせよるっ!!』

 神界を震撼させる大きな声が響いた。不動明王の声だった。

「わたっ!行くぜっ、金加羅っ!」
 ひゅっと手が伸びて金加羅を引き寄せた。それからふわりと舞い上がる。
「こらっ!制多迦っ!勝手にキスして飛翔するな!」
「いいじゃねえか…。久しぶりに会ったんだから。」
 制多迦は嬉しそうに金加羅を抱きながら言った。
「馬鹿っ!」
 小さく金加羅は制多迦に向かって吐き出した。



 季節は春。
 桜の花びらが、人間界にも天界にも舞い散った。
 ひらひら、ひらひら。
 柔らかい日差しを浴びて。




 完




一之瀬的戯言
 お邪魔虫、出歯亀の制多迦童子はいかがでしたでしょうか?
 乱馬に憑依したら好き勝手…。かなり迷惑な奴だったと思います。この後乱馬はかなりあかねちゃんにこっぴどく絡まれたことは想像に難くないかと。
 しかし…。乱馬君、あかねちゃんの唇の危機に、物凄いこと口走ってるような(笑
 で、まだまだこのシリーズ続きます。
 次回はいつになるかはわかりませんが…。伏線はちゃんと張りまくっております。置き忘れないようにしなければ(滝汗)
 降魔の剣を不動明王界へ戻した蘇曽は何を企んでいるのか。紫獅との絡みも含めて次回こそ少し明らかに…なるかなあ。
 次回もかなり危ない展開に…?制多迦乱馬は私が描く乱馬の中でもダークエンジェル乱馬と同等なくらい危ない奴ですので…。本能の男です(笑


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